現金なもので千尋先輩と会えれば岳斗の心は満たされる。
えへへ~と、それだけで能天気にバイトに向かえた。
そしてそのまま岳斗の誕生日の日の10日になった。
「出かけないの~?」
「先輩バイト忙しいんだって」
「あらまぁ。残念ね。あんたの誕生日で約束してたのと違うの?」
「違うよ。俺の誕生日って知らないし」
そうだな…でも、やっぱ…せめておめでと、位は欲しいかな。
夜に電話してみようかな…。
そんな事思いながらも岳斗はバイトも休みで何もする事もなく、漫画本読んだり、ただ家でだらだらとしていた。
そして目に入るのはずっとリボンがかけられ袋に入ったままのTシャツ。
「いつ渡そう…?」
なんか今更もう渡すのって、どうよ?
何ヶ月経った?
2、3ヶ月位…?
誕生日終わってるなら、あとはクリスマス…?クリスマスに半そでTシャツはねぇよな…。
来年の誕生日?
その頃には千尋先輩はもういないかもしれないんだ…。
いや、頑張ってバイトしてお金貯めよう!
そんで絶対行くんだ。
なんて一人で思ってたら携帯が鳴った。
「もしもしっ!」
『お前、今何処にいる?』
千尋先輩だ~~~!
あれ?でも声がいつもよりかなり低い。
「え?家だけど」
答えたらぶつっと切れた。
何?どうかした?
なんか中途半端で、も一回かかってくるかな?としばらく待ったけどかかってこないし、かけ直ししようかな、とも思ったけど千尋先輩はバイト中なはずだし。
バイトの合間だったんだろうか?と岳斗は?と思いながらも色々考えていたら今度はバイクの音が近づいてきた。
もう聞き慣れた千尋先輩のバイクの音だ!
バイクに詳しくもないし、種類も何も分からないけど、千尋先輩のバイクの音だけは分かる。
え?なんで!?
今日は一日バイトって言ってたのに!
そしてやっぱり家の前にバイクが止まった。
わたわたと岳斗は階段を下りていく。
「千尋先輩っ!?」
1日バイトだって言ったのに今、目の前にいる!
そしてヘルメットを取った千尋先輩の顔が岳斗を見て怖いくらい怒っていた。
何?俺、何かした…?
「岳斗、お母さんかお父さん、いるか?」
「い、るけど…?」
つかつかと千尋先輩が玄関に向かってピンポンとインターホンを鳴らすと母親が出てきた。
「すみません、今日岳斗くんお借りしていいですか?誕生日なのでバンドのメンバーで集まって祝ってやろうという事になって。家に集まるんですが…。明日にはちゃんと送って来ますので」
「あら~!そうなの?どうぞどうぞ」
母親の声が上擦ってる。絶対千尋先輩に見惚れてるはず。
「岳斗、着替えとか、いるもの持って来い」
「え?あ、う、うん…」
一体何事?
訳が分からないまま着替えとか、いるものをリュックにつめて千尋先輩の所に戻るとヘルメットを被せられてバイクに乗せられていた。
「1回50’sに寄る」
「うん」
近いからすぐ着いたんだけど、ぐいぐいと千尋先輩に腕を引っ張られた。
50’sは地下だからか涼しいな、なんて悠長に感じてたけど、千尋先輩は…怒ってる?
…のとも違うような気もするけど。
そういえばここで初めて千尋先輩に抱かれたんだった!と思い出して岳斗は動悸がしてきた。
それにあれ?と母親に岳斗の誕生日って言ってたような…?
明日帰るって…。
え……?
頭の中で色々な事がくるくる回りだす。
「岳斗!」
「は、はいっ」
スタッフルームのソファに座られて千尋先輩が岳斗の前に立つと名前を呼ばれた。
やっぱ怒ってる!?
岳斗は肩を竦めて小さくなった。
「………何で言わない…?」
「え…?」
「いや、俺が悪いんだ、な…」
千尋先輩が自分の髪をかき上げ、ぐしゃぐしゃと頭をかいた。
「お前は10日に…って言ったんだ…俺が1日バイトだって言ったから言うのをやめたんだろ?」
そう、だけど…。
「バイトで忙しくたって恋人におめでとうも言えない位忙しいわけじゃないけど?むしろ、お前の誕生日だと知ってたらバイトなんて入れてない」
だって…。
自分から誕生日だから、なんて言えなかった。
千尋先輩が大変なのは岳斗が一番分かってるんだから。
「いや、お前が自分から言うヤツじゃないのは分かってる。……分かってるけど、それを尚から聞かせられた時には…俺がどう思ったか分かるか?付き合ってます?誕生日も知らないで?」
「ごめ…な、…さい…」
岳斗は千尋の怒りに身体を小さくさせ、肩を震わせた。
「違う…。謝って欲しいんじゃない…。言ってくれ?誕生日だから一緒にいて欲しい、と。そうじゃないのか?」
千尋先輩の言葉に涙が零れた。だからなんでいつも泣いてしまうんだろう。
「一緒、いた、い…ち、ひろ…せん、ぱ……いた、い……よ…」
「岳斗。遠慮するな。金は必要だけどお前位大事なものじゃない」
「ち、ひろ先輩…ぅ……ち、ひろ…せんぱ、い……好き、…一緒いた、い…」
「ああ。岳斗」
千尋先輩が岳斗を覆うように抱きしめたのに岳斗も千尋先輩の首にぎゅうっと抱きついた。
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