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2012.08.04(土)
ずっと気になっていたあの子供が自分のベッドで眠っている。
二階堂 怜は眠ってしまった明羅をじっと見た。
17でショパンコンクールで思わず2位を取り、有り得ない受賞に時期はかなり遅れたが凱旋コンサートが開かれた。
勿論オールショパンの演目だった。
モニターで小さい子がいるのに気付いた。
騒いだりされるのは好きではない。
気が散りそうだと怜はぴりぴりしていた。
だがその子は一人でじっと席に座って動かない。
隣の大人は連れではないらしい。
一人?
思わず怜はずっとその子ばかりを見ていた。
ブザーがなって挨拶してピアノに向かう。
ピアノに座ってしまえばあとはかってに指が動いてくれる。
頭に鳴り響く音を奏でるだけ。
意識を飛ばしたまま演奏を終え、第1部を終了してピアノの脇に立って挨拶した。
あの子供がじっと食い入るように怜を見ていた。
子供とは思えない視線。
なんだあの子供は?
子供が曲なんて分かるはずもない。
それなのにその目には全部を知っているようにじっと怜の姿を見ていた。
それが10年。
大分大人になったがまだ大学生位だろう。
いつも招待席の同じ席。
そしてやはり一人。
あの席に座るのは誰だ?と聞けば身元は分かったのかもしれない。だがそれを問うこともしなかった。
毎年、あの子は来るだろうかと一人でどきどきしていた。前の年の演奏が悪ければきっと来なかっただろう。
それが10年。
そして今日初めてその子を目の前にして言葉を交わした。
近くで見たら細くて小さいというほどでもないが、怜からしたら小さい。
自分が身長は180を越えていたので多分170あるかないか位。
色が白くて女の子といってもいいような美人顔。
帰る所がない、なんてみえみえの嘘。
だがそれに怜は乗った。
どこか夢うつつのようなその子を車に乗せた。
名前を聞けば明羅と名乗った。
身なりはいつもいいものをびしっと着ていた。
普通の子供とは違うスーツを着ても着慣れている感があった。
それに車が電動の門を通っても驚いた様子もない。
多分それが普通の奴なのだろう。
どんなに高飛車かと思ったら全然そうではなくて、料理をするといった怜の手を心配し、出来た料理を食べるのがもったいないと言い、そしておいしいと笑みを浮べた。
10年欠かさず聴きに来ていたのに弾けとは言わないのにも驚く。
何でもいいから弾いて、とかよく言われるがそんな時は適当でいい。どうせ演奏のよしあしなど分からない奴だ。
明羅は違う。
つや消しのピアノに触れないと言った。
怜は笑みが漏れる。
ちゃんと知っているのだ。
鏡面に磨かれたピアノはクロスで磨けばいいが、つや消しだと汚れた手で触るとどうしても指紋が残るのだ。それが磨いても取れない。
今日の曲の出来を聞けば的確で。
細部までずっと聞いていたのが分かった。
そして子供だったろうに1回目で弾いた幻想も覚えているという。
弾いたこっちが出来はどれ位だったか覚えていない位なのに。
話す声のトーンは静かで、浮ついたところもない。他人の存在が同じ空間、しかも自宅にあるなんて歓迎できるはずもない事なのにまったく気にならないのに怜は不思議だった。
きっとあの子供だから特別なのだ。
やっと初めて会えたような変な感じがしてならない。
苗字も教えないのにすとんと怜の空間に違和感なく納まっている。
10年も通ってそしてファンじゃないと言い、執着してるという。
なんなのか。
時折瞳がもの欲しそうに揺れたのが気になった。
思わずシャワーを浴びてきてさらさらになっていた少し茶色かかった髪を撫でると触り心地がよかった。
そうしたら今度は明羅が怜の手を取ってまじまじと眺め、触った。
宝物のように。
愛しそうに。
この子供は、いや、もう子供というほどではなくなっていたが、なんなのだろうか?
思わずお持ち帰りをしてしまって自分のベッドに他人を入れているなんて自分でも信じられない。
そして小さな寝息を漏らして眠る姿から視線を逸らせない。
これは綺麗でも美人でも男だ。
だが半開きになっている唇に見惚れる。
ぶかぶかのTシャツもゆるゆるのハーフパンツも可愛いとしか見えないのに自分はおかしいのではないかと眉間に皺を寄せた。
そういえばコンサートが近くて全然外に出ていなかったと一人で頷いた。
きっとそのせいだ。
怜は電気を消して自分も目を閉じた。