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翼を休めて。(前) 5

 「岳斗、我慢してる、だろ?」
 「してる、よっ!会いたいもん!」
 「…よかった」
 そう言って千尋先輩が岳斗の顔にキスする。
 頬に。口に。額に。また口に。
 「俺もだ…」
 「…ホント…?」
 だって、いっつもキスだけだし…。会えないし…。
 エッチも一回だけだし…。
 もういらない、のかな…って…。
 千尋先輩の唇が離れて岳斗は照れくさくなって顔を俯けた。
 「岳斗…?」
 千尋先輩が顔を覗きこんでくる。

 カッケェ顔。
 背も高いし。
 いつでも女子ついてくるし。
 こうして岳斗を気にしてもらえるだけで信じられない事だけど…。

 あれ…?そう言えばさっき…?

 「ち、千尋先輩…?」
 「ああ?」
 顔が紅潮してくる。
 「こ、こ、こ…………恋、人、って…言った…?…あ、あと、付き合って、る……とか…?」
 「ああっ?」
 千尋先輩が眉間に皺を寄せた。
 「………違うのか?」
 「ち、ち、違わ、ない……けど…いい、のかな……って…」
 「なんだそれ?」
 また怒った口調。
 だって…。
 また岳斗は顔を俯けた。
 岳斗は自分的にそう思ってたけど、千尋先輩もそんな風に思ってくれてるなんて!
 それだけでもよしとしないと!

 「岳斗。何思ってんだ?」
 「…え?」
 「………お前の表情が見る度に沈んでく。言え」
 言えない、よ…。して欲しい…なんて。千尋先輩がしたくないのに、して、なんて…。
 岳斗は俯いたまま小さく首を振った。
 「岳斗」
 はぁ、と小さく千尋先輩が溜息を吐き出したのが分かる。
 「言いたい事も言えないんじゃもたないだろ」
 「え?」
 「1年は離れないといけない。顔をいつでも見られるわけじゃない。声をいつでも聞けるわけじゃない。我慢ばっかしてたら1年もたない」

 そう、なの…?
 呆然として岳斗は顔をあげ、目の前の千尋先輩の顔を見て、目を見開いたままつうっと涙が流れた。
 もう、ダメって事…?
 やっぱいらないって事?
 1年もたない…の?
 「岳斗?」
 そう、だよね…。千尋先輩はもてるし、いつだってきっとよりどりみどりで誰でも選べるのに、岳斗だけじゃなくたっていいわけで。
 岳斗には千尋先輩だけだけど、千尋先輩はきっとそうじゃないし…。
 東京行ったってきっとこんなにカッコイイんだからもてるだろうし。
 そしたらわざわざ男の岳斗なんていらなくなるだろう…。
 岳斗の顔が歪んでくる。

 「いい……んだ…。俺は……俺、ずっと千尋先輩のファン、は、…かわ、んない…から…」
 「ファン?ちげぇだろ!?」
 「ファン、もダメ…なの…?」
 追っかけてもダメ…?
 「恋人もダメ、でファンもダメ?」
 「……なんだダメって?」
 苛立ったような千尋先輩の声。
 「だって、俺…男だし…だから…ちひろ、せんぱ、い…いらない、でしょ…?」
 「はぁ?何言ってる?いらないのにキスなんかするか」
 「だって…キス、だけ、だから…」
 「…………して欲しかったのか?」
 千尋先輩が岳斗の頬を挟んでじっと岳斗を見たのにふいと岳斗は視線を背けた。
 して、ほしい、なんて…。

 「言え。ちゃんと」
 「…欲しい、よ!千尋先輩が…欲しい、んだもん…!ただのファンなんてヤダ!一緒いたいもん!キスしたいもん!会いたいよ…。抱きしめて欲しいよ。全部、欲しい、よぉ……」
 「…バカ。言え、ちゃんと」
 千尋先輩が岳斗の唇を貪るようにキスした。
 舌を絡めて吸い上げられ、歯列をなぞり口腔全部を舐め上げられる。
 舌で唇をなぞり、耳を食み、首筋を這い、鎖骨に顔を埋められ岳斗の身体がふるっと震えた。
 「あ、ぁ……」
 そしてもう一度唇を重ねて千尋先輩が離れてしまう。

 「今はダメだ。後で」
 「…え?」
 「場所移動する。俺ん家行くぞ」
 「え?」
 「今日誰もいねぇから。ほら、来い」
 千尋先輩に急かされて立たされ、またヘルメットを被せられるとバイクに乗せられた。
 フルフェイスのヘルメットがちょっと前に増えていた。岳斗用のがいつでもバイクにつけてあって。千尋先輩が岳斗のだ、と買ってくれたんだ。
 お金貯めなきゃないのに…そんなのに使って…。
 でも自分だけが千尋先輩の後ろに乗っていい、と言ってくれてるみたいで嬉しかった。
 千尋先輩のベルトにつかまり、暑い空気がアスファルトを渦巻いている中を岳斗は千尋先輩の家まで連れて行かれた。
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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