皿を洗って片付けをして、千尋先輩にリビングでテレビ見て貰っている間に岳斗はシャワーを浴びてくる。
どうしても期待で心臓がドキドキしてしまうし、いつもより念入りに身体洗ってしまう自分が恥かしくなる。
落ち着かない気持ちでシャワーを上がると千尋先輩が携帯を触っていた。
「岳斗、尚と会ったのか?」
「あ、うん。会った!スーパー行く時」
どうやら尚先輩からメールだったらしい。
ソファに座っていた千尋先輩の眉間に皺が寄っている。
ヘンなの。
自分の家なのに、いつも家族がいる場所に千尋先輩がいるのがどうしても落ち着かない。
ソファに座っている千尋先輩の隣に岳斗が座った。
「千尋先輩?どうしたの?皺寄ってる」
千尋先輩の顔を覗きこんでつんと眉間を突くと千尋先輩が苦笑した。
「ああ……心配で」
「心配?何が?」
そう言ってじっと岳斗を見つめる千尋先輩をきょとんとして見た。
「……お前はすっかり忘れてるし」
「忘れてる?」
「尚にキスされてるだろ」
「えっ!?」
あ……。
「で、でもっ!それは…」
その後の千尋先輩のキスでもうすっかり岳斗の中では記憶が塗り替えられていたから、全然考えた事もなかった。
「尚にも普通だしな…」
「えっ!???」
普通…?
千尋先輩が何を言いたいのか分からなくて岳斗は頭を傾げてしまう。
「………いや、なんでもない。岳斗」
千尋先輩が岳斗の肩を抱き寄せると唇を重ねる。
何度か軽く重ねるだけですぐに唇が去って行ったのが名残惜しくて…。
つい、これだけ…?
なんて思ってしまった。
するとその岳斗の顔を見て千尋先輩がぷっと笑う。
「続きは岳斗の部屋行ってからの方いいだろう?」
あ…、と岳斗は足りないと思ってた事が分かられたんだと顔を俯けた。
恥ずかしい!
「俺も足りねぇよ」
すぐに千尋先輩が付け加えてくれる。
「…ホント?」
「ああ。今日も…会えるのを楽しみにしてた」
「うん…千尋先輩…俺、も…」
岳斗が千尋先輩の首に腕を伸ばして縋るとそのまま身体を持ち上げられた。
「わっ!」
肩に担ぐように去れて岳斗は慌てて落ちないようにと腕に力を入れた。
「電気は?」
「消すっ」
千尋先輩に担がれたまま電気を消して二階に連れて行かれる。
なんでこんなに好きなんだろう?
会えるだけで一緒にいられるだけで嬉しい。
カッコイイから…?
でもカッコイイ人なら他にだっている。
千尋先輩だからだ…。
全部千尋先輩だから…。
ちょっと長い髪をかき上げるところも、汗を拭ってるとこも、煙草咥えてるだけでも、眉間に皺寄せてても、全部千尋先輩ならもう何でもいい。
千尋先輩が岳斗のものになってくれるならいくらでも待つ。
こうして一緒にいられるならいくらでも…。
千尋先輩が岳斗の部屋のドアを開けてそして中に入ると静かにドアを閉めた。
千尋先輩、千尋先輩…。
呼んでも呼んでも届かなさそうで…。
今こうして岳斗のそばにいてくれるけれど翼を広げたら千尋先輩はどこかに翔んで行ってしまいそうでいつでも岳斗は不安だ。
だって何もない普通の自分をなんで千尋先輩は好きって言ってくれるのかが分からない。
歌詞にあった俺だけを見て、俺だけでいい、っていうのはもうすでに岳斗はずっと初めて見た時からそうなのに。
岳斗は千尋先輩しか見えていないし、欲しいのは千尋先輩だけでいいんだ。
岳斗のベッドに横たえられる。
いつもの自分のベッド。
でも今日は千尋先輩が一緒だってだけでこんなにも自分の部屋が違って見える。
いつもそう。
学校の屋上だって千尋先輩がいるだけで嬉しいに変わってしまう。
なんでなんだろう?
あの初めて見たライブの時から岳斗は一瞬で全部が変わってしまったと思う。
全部が千尋先輩だけになってしまった。
谷村にからかわれようが千尋先輩だけ見つめてた。
だってそう意識したわけじゃなかったのに視線が離せなくなるんだから。
遠目でも屋上の人影で千尋先輩だと分かる位に。
よかった。気付いて。
よかった!屋上に行ってみて。
そうじゃなかったら今こうしてなんかいない。
あの日からただのファンじゃなくなった。
そして今はもう出来る事なら少しだって離れたくない位に千尋先輩がもっともっと好きになっているんだから。
幻滅するとこなんて一つもない。
全部、全部。
欲しい。そして岳斗でよければ、何もない自分でよければなんでもあげる。
いくらでも。
それで千尋先輩が手に入れられるなら…。
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