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翼を休めて。(後) 10

 1回イタした後、中に出された為に千尋先輩に連れられて一緒にシャワーして、千尋先輩の小さめのTシャツを借りて着替えると千尋先輩のベースを背負ってバイクに乗せられて50’sに向かった。
 「すっかり1回位じゃ平気?」
 「……ってわけじゃないけどっ!」
 仄かに頬が赤くなってしまう。

 「こんにちは~」
 「岳斗くん、久しぶりだね!」
 お店に配達には来ても遊びに来るのは久しぶりだった。
 千尋先輩の叔父さんはいつもにこにこしている。
 こんなに叔父さんはいい感じなのに…。
 なんでお母さんはそうじゃないんだろ。
 ふ、っと千尋先輩の胸で揺れる十字架を見た。

 「千尋、音響の佐々木さんが来られなくなったんだ。奥さんが産気づいたって」
 「マジで?……って、それじゃ仕方ねぇな」
 一応今から入るバンドもプロはプロ。お客さんからお金を貰っているんだから。
 でも違うよなぁ、と岳斗は思ってしまう。
 その内にバンドが到着して音合わせを始める。
 始めるけれど…バランスが悪い。
 音響を弄っていたのは千尋先輩の叔父さんだった。

 「千尋先輩の叔父さん、バランス悪いよぉ~?ギターの音大きすぎ~。あとリバーブ入れた方よくない?」
 「そ、そうかい?」
 「うん」
 「……岳斗くんしてみる?」
 「え?いいの?」
 「俺、どうも苦手なんだよなぁ」
 そんな専門の機械弄られるなんて滅多にない事で岳斗は飛びついた。
 コピバン。でもロックはずっと聴いていたし曲も分かる。
 音響の機器の前に座って岳斗はあちこち触っていく。
 そして音合わせでバンドが演奏始めたのを聴きながらさらに色々あちこちを弄っていく。

 岳斗は自分の好みのバランスに勝手に変えていった。
 ベースはやっぱもっと効いた方がいい!なんていったって千尋先輩だし~!でもあまりベースだけ出てもやっぱバランスはよくないし、ギターはどうせソロ弾く時はエフェクター使うだろうし…。
 ドラムは狭いライブハウスだからマイクで音を拾っていないし、そのバランスも…。
 ばらばらだった音がまとまって聴こえるようになった。

 「千尋先輩の叔父さん、いい?」
 「ああ、さっきよりずっといいよ!助かった」
 自分好みにしたのに礼を言われるなんて。
 音合わせを終えると岳斗がスタッフルームでウーロン茶を叔父さんから貰っていた所に千尋先輩が来た。

 「岳斗!」
 「え?なぁに?」
 「…お前、そういや耳はいいもんな」
 「うん、まぁね~。自分で楽器は出来ないけど、口だけなら出せるかも~」
 「音響の方とかマジでやってみれば?嫌いじゃないだろ?」
 「え?」
 「前にお前言ってただろ?好きな事、したい事がないって。今楽しそうにしてただろ?」

 あ……。
 音響…?そんな仕事もある…?
 コンサートとか、音響の人でも確かに一流になればそんな仕事はあるんだ。
 バンドはバンドだけじゃない、照明や音響とか裏方も仕事はある…?
 そしたら千尋先輩がもしバンドで有名になったりしたら、それで自分ももしその道いけば一緒に出来る事も、ある…?

 「……いい、かも」
 「な?」 
 千尋先輩もにっと笑った。
 「今の合わせ方もいい感じだ」
 「ホント?」
 「ああ、しっくりいってる」
 千尋先輩に誉められればいい気になってしまう。
 今度学校を調べてみよう。確かに音楽は好きだ。自分で楽器は出来ないけれど、今みたいに音を弄れるのは楽しいかもしれない。
 自分の道が見えた気がした。
 先は分からない。
 千尋先輩とだって不安はある。
 でも音楽は嫌いになる事はないし、千尋先輩の演奏や曲を嫌いになる事も絶対ないと思う。
 それなら…。
 「…うん…。考えてみる」
 よし、と千尋先輩が岳斗の頭を撫でた。
 
 そしてその日はどこかぽうっとしたまま千尋先輩の久しぶりのベースを弾く姿にさらに見惚れてしまう。
 やっぱベース弾いてる時が一番カッコイイ!
 お客さんも千尋先輩を見てる人が多い。
 でもこの中でベースの音に聞き惚れている人は何人いるんだろう?
 千尋先輩はカッコだけじゃなくてベースも本当にいいのに…。
 それがちょっと悔しいような、でも自分だけは分かっているというような変な優越感が出てしまう。
 千尋先輩の2ステージ目を見た所で残念ながら岳斗は帰ることにする。
 「家着いたらちゃんとメール入れとけ」
 「大丈夫だよ。じゃ千尋先輩も残りのステージ頑張ってね!」
 「ああ」
 じゃ、とキスも出来ないのがちょっと寂しいけれど岳斗は幸せな気持ちのまま家路に着いた。
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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