夏休みが終わって普通に学校が始まった。
あんまり千尋先輩といっぱい会えたってほどではなかったけれど、それなりに濃密な時間は過ごせたし、バイトもしてナニゲにお金も稼げて、充実した夏休みだったといっていい位だろう。
なんといっても千尋先輩と過ごせた岳斗の誕生日の日とお盆の二日間が濃ゆかった。
夜一緒にいられるのが嬉しかった。
けれどその次の日が寂しくて仕方なかった。
隣にあったはずの温もりがない事が寂しかった。
千尋先輩が家に存在したという影は家族が帰ってきた途端に消え去ってしまった。
それが切なかった。
でもそんな過ぎた事を言ってもいられない。
刻々と千尋先輩が東京に行くという日が近づいてくるんだから…。
「ねぇ、千尋先輩。東京に行くっていっても…住むとことか、生活ってどうするの?」
「ん?ああ。叔父貴のつてに声かけてもらってるんだ。叔父貴も一時期ちょっとはプロとして東京行ってたし」
「そうなの!?」
学校の屋上がすごく落ち着く。
ここが千尋先輩との出会いの場所って言っていいだろうから。
「今みたいな感じの予定だな。どっかのライブハウスで働きながら…」
「…そっか」
9月、10月、11月、12月、…。
指折り数える。
まだ半年位は一緒にいられる…?
「岳斗?」
「え?何?」
千尋先輩が起き上がった。
そして煙草に火をつける。
「そんな簡単にプロのミュージシャンになんてなれるモンじゃねぇだろうよ…」
「なれるっ!千尋先輩は絶対なれるよっ!」
岳斗は千尋先輩の制服を掴んだ。
「俺、大好きだから!千尋先輩のベース!」
「……ああ」
くっと千尋先輩が拳で口元を隠して笑った。
「岳斗」
そして軽いキスが振ってくる。
「お前の期待は裏切れねぇな…」
「ううん!期待じゃないよ?決まってる事だから」
「…そうなのか?」
「そう!」
そして千尋先輩がまた笑う。
「…そうか」
毎日学校行って、昼休みに千尋先輩と会って、たまに軽くキス。
バイトに行って、バイトがない日は50’sに行って。
土曜日と日曜日のバイトは続いていた。
土、日だけでもいい、とバイト先に言われてそのまま。
なので本当に会えるのはほとんど学校でだけ、という状態。
毎日会える方がいいのか、夏休みみたいに毎日会えなくても濃密な時間があった方がいいのか…。
究極の選択だと岳斗は思う。
…ちょっと大袈裟かもしれないけど。
そんな感じが続いて9月は終わってしまった。
一ヶ月があっけない。
このままでいったら半年なんてすぐ過ぎちゃいそうだ、と岳斗は内心密かに慌てていた。
それでも千尋先輩もお昼休みに自由にならねぇ、とかしたい、とか言ってくれるのに少しばかり安心する。
そんな中10月に入ってすぐに午前授業の日があって。
慌てたように学校を終わってから千尋先輩の家に行ってお互いを貪るように確かめあった。
高校2年で学校帰りにこんな事なんて岳斗にしたら考えられない事だけれど、でも千尋先輩を確かめられる時間がある時を無駄にしたくはない。
二人で無言で帰ってきてもう制服を脱ぐ時間も惜しい、というように求め合った。
あとから顔を合わせてなんでそんなに焦ってたのか、と笑ったけれど。
…だって足りなかったんだ。
もう会ってるだけじゃ全然足りないんだ…。
同じように千尋先輩も思ってくれてたのが嬉しい。
以前は千尋先輩はいつでも女子をくっつけていたけど今はもう全然そんな光景は見ない。
女子は寄ってくるらしいけれど前はそれを気にもしないで放置していたのに今は千尋先輩が触るな、と一蹴しているらしいのだ。
これは尚先輩からの情報だった。
それが岳斗のためなのか?
千尋先輩は何も言わないけれどきっとそうなんだ、と岳斗が自分に都合のいいように考える事にする。
相変わらず朝は尚先輩と一緒になるのに、尚先輩はいらないんだけど、と思いながらも岳斗が知らない千尋先輩情報を餌に寄ってこられればつい食いついてしまう。
多分そんな事千尋先輩は知らないだろうけれど、と思いながら朝は尚先輩と一緒だった。
ほんとどこにでもふらっと現れる人だ。
まだ、学校なら仕方ないか、とも思う。
なにしろ夏休み中も神出鬼没だったんだから。
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