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再生する羽。 2

 「週末東京に行って来る」
 「え?」
 千尋先輩に言われて思わず岳斗はきょとんとしてしまった。

 「叔父貴の紹介なんだ。ライブハウスで来春から働きながらプロ目指すって話で一度来てみなさいって話がきたから」
 「…ホント?」
 「ああ」
 昼休みの屋上で告げられた内容に呆然とする。
 「す、すごいっ!」
 「いや、まだ何も決まっちゃねぇし」
 「でも…でも…すごいよ。だってちゃんと実現するように動いてくんだもん!」
 「……お前がいるからだ」
 「え?」
 「お前が信じてくれるから…」
 「ほんと、に…?」
 「ああ」
 「それは自信もって言えるよ?俺千尋先輩のファンだもん!ずっと、ずっと!」
 がしがしと千尋先輩が岳斗の頭を混ぜた。
 「だから!ぐちゃぐちゃになっちゃうってば!」

 もう10月が終わろうとしていた。
 あと一緒にいられるのは半年を切ってしまった。
 いつから行く、なんて予定はまだ聞いてないけど、それでもきっと4月には千尋先輩はもういないんだ…。
 嬉しけど、寂しい。
 もう制服もとっくに冬服になっている。
 ここでこんな風に出来るのもあと少し…。

 「今回の新幹線代も叔父貴が出してくれるって言うし…。いいっつったんだけど」
 「そう…。だって叔父さんも応援してるんだから!」
 「……だといいけど」
 千尋先輩が面映そうにしているのがカワイイ。
 こうして見てられるのも……、岳斗は首を横に振った。
 1年だけ!自分もすぐ追いかけていくんだから!
 「日帰り?」
 「ああ。その予定」
 「じゃ後で連絡ちょうだいね?」
 「当然だろ」
 「…うん。千尋先輩頑張ってね!ベースは大丈夫だと思うからそれ以外のとこで」
 くっと千尋先輩が笑う。
 「サンキュ」
 へへ…と岳斗は不安な心を隠して笑顔を見せた。

 
 そして土曜日、ベースを持って千尋先輩は東京に行った。
 まだ違う。
 帰ってくるんだから、と思っても近い先にこうして千尋先輩がいなくなる事は分かっているんだ。
 現実にやってくる事を突きつけられて岳斗は落ち着かなかった。
 プロになるべき、なれる、は分かる。
 だけど…。
 自分が、自分が、と考えてしまう。
 会えなくなるのが嫌だ。
 傍にいないのが。
 不安だ。
 でもそれは岳斗が、なのだ。
 千尋先輩の事を思えば笑って見送って、自分も後から必ず行くから、でいいはず。
 でも1年は長い。
 いくらバイトでお金を貯めておいて会いに行けるにしたって月に1回行ければいい方だろう。
 それでも予定とか合わなければポシャってしまうのだ。

 バイトが終わった後もずっと千尋先輩からの電話を待った。
 そして夜になってヴヴ…と携帯が震えたのにすぐに岳斗が出た。
 「もしもしっ!」
 『岳斗わりぃ…今日こっち泊まることになった』
 「え?泊まるトコあんの…?」
 『ああ、ライブハウスで働いてるヤツの中にギタリストがいた。話が合って!そんで泊めてくれるっつうから』
 「…ならいいけど」
 『明日帰る。帰る時連絡入れる』
 「うん。分かった。気をつけてね?」
 『ああ、じゃオヤスミ』

 がやがやと後ろから色々が声が聞こえた。まだライブハウスにいたのかもしれない。
 きっといい感触だったのだろう。
 よかった、と思うと同時に千尋先輩を遠く感じてしまう。
 「千尋先輩…」
 千尋先輩のMA-1を岳斗はそっと抱きしめた。
 もう寒くなってきてMA-1を着てもいい季節だ。
 でもまだ着ていない…。
 遊びに行くようなそんな時間がないから。
 こうして東京行きが目に見えてきたらますます遊ぶ時間なんてなくなるのは目に見えている。
 分かってはいるけど、寂しい。
 千尋先輩にはそんな風に岳斗が思っているのは内緒。でも、岳斗が一人でそう思う分にはいいはず。
 千尋先輩には我慢するな、もたなくなると言われたけれど、一番応援しているのは岳斗なのだから!

 千尋先輩は絶対プロのミュージシャンになれる。
 岳斗は応援する!
 なるべきと背中を押したのも岳斗なんだから。
 …でもこうして離れていると遠い。そしてLinxと同じように人気が出て追っかけが出るようになったらますます遠くなってしまう。
 だってLinxの時みたいに千尋先輩がライブに出る事になったとしても毎回見に行くなんていう事だって出来なくなるんだ。
 Linxのステージを思い出しながら携帯から曲を聴いた。
 ステージ上で交わした視線。
 あんな事も出来なくなる…。
 出来なくなる所か……。
 嫌な考えに行ってしまいそうで岳斗は首を振って嫌な考えを振り払った。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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