「すごい!広い!」
「だろ?」
Linxがライブしてた会場よりさらに3倍以上あるかも!
「今日はクリスマスだからスタンディングじゃなくて席あるからいつもより人は入らないようだけどな」
そうは言っても席もぎっしり用意されてて50’sの何倍あるんだろう?
「あ、遠藤さん!ちょっといいですか?」
千尋先輩はもうここで働いている人達の名前も覚えたらしい。
「コイツが前に言った音響の勉強したいて言ってたヤツです。岳斗、遠藤さんはコンサートPAエンジニアでホールの音響とかもしてる凄い人だぞ?」
「え!?そうなの!?えと、あの…長谷川 岳斗です。高校卒業したらこっちの学校に入って勉強しようと思ってるんですけど」
「そうか!がんばれ!PA見る?」
「見たいっ!…です!」
プロの人に話聞けるなんてこんな機会滅多にない!
「岳斗、じゃあお前は遠藤さんについてろ。俺はちょっとギターのヤツ来てるはずだから席外すから。あと話終わったらこの席に戻って来い。好きなくらい聞いて質問しろ。遠藤さんいいですか?」
「おうよ!いくらでも!来い、教えてやる」
「はい」
うわぁ、うわぁ、と岳斗は感激する。
音響の勉強と言っても具体的にどうするか、とかどういう仕事をとか、どうしても裏方だしなかなか分からないものだ。
こんな広いホールで、いや、きっともっと広い会場とかで音を作る人なんだ。
「よろしくお願いしますっ!」
それから大きなPAの機械を前に色々と話を聞いた。
岳斗も知っている歌手のコンサート会場での音響担当だったり、かなり凄い人らしい。
そんな人に話聞けて教えて貰えるなんて。
そして一つのバンドが音合わせに出てきたのにその音を拾って遠藤さんが機械を弄るのに岳斗は夢中になっていた。
やっぱり自分にあってるかも。
「お前耳いいか?今、何処の音がデカイ?」
「ええ?…と、ギター」
「…うん。いいぞ…。音響は耳がよくないと出来ないからな」
千尋先輩に言われた音響は?という一言がいつの間にか自分に天職なんじゃないかと思えてくる。
「このバンドは今日の一番人気のバンドだ。来年メジャーデビューかって言われるんだぞ?」
「え?そうなんだ!へぇ…」
岳斗はその音を聴いた。
けれどううん~?とどこにも琴線にふれなかった。
「上手いけど……」
「ははっ!お前ホント耳いいな。まさしく、だ。人気もある。上手い。でもそれだけだ。デビューするかもしれない。でもまぁ、生き残れないだろうな」
厳しい…。
やっぱりプロの人が聴いたら分かるんだろうか?
千尋先輩のベースを聴いて欲しい!そしたらこの人はなんて言うだろう?今と同じ事を言うだろうか?
でも今のバンドは岳斗の琴線にも触れなくて、でもきっと千尋先輩は違うはず!
「千尋先輩のベース…聴いて欲しい、な…」
遠藤さんがふっと笑った。
「……イイ、か?」
「すごく!!!俺もうずっとファンなんだもん!!!」
「じゃ、聴こう」
やった!
「…と、もうそろそろ客が入ってくる時間だ。ええと岳斗と言ったか?お前さんも席戻っとけ」
「はい。ありがとうございました!…また機会あればお話してもらってもいいですか?」
「おう、いいぞ」
にっこり笑みを浮べてもらえて、どうやらダメだしはないらしい。
岳斗はいい気分で席に戻った。
するとすぐに千尋先輩がやってきた。
「どうだった?」
「すっごい勉強になった!俺、やっぱ合ってるかも」
「だろうな」
隣の席に座る。
千尋先輩は本来は演奏する側なのに!
「遠藤さんが千尋先輩の演奏聴くって!」
「……え?」
「さっきバンド音合わせしてたでしょ?俺、あんまり…だったんだよね。上手いは上手いけど…そしたら遠藤さんがあれじゃメジャーデビュー出来ても生き残れないって……厳しいね…。でも千尋先輩のベースは違うから!だから聴いて欲しいって言ったら、じゃあ聴くって」
「……そうか」
「うんっ!」
「………お前って…」
「?」
千尋先輩が髪をかき上げ、そして頭を抱えて岳斗を見た。
「……ワンドリンクつくから持ってきてやる。待ってろ」
「うん」
お客さんが入ってきてがやがやと活気ついてくる。
バックミュージック、薄暗い光り。
久しぶりの感覚に岳斗も落ち着かなくなってくる。
これで千尋先輩の演奏付きなら文句ないのに…。
「岳斗、ほらウーロン茶。俺ちょっと裏行ってくっからお前、この席から動くなよ?」
「うん、分かった」
ぐり、と岳斗の頭を撫でて千尋先輩が姿を消した。
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