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2012.09.02(日)
買い物をして怜の家に帰る。
夏休みは普通だったが、どこか現実離れして感じていた。今は学校も行って普通の生活になったのに怜といられる事がまだ夢のように感じてしまう。
買い物の袋を玄関に置くとすぐに怜が明羅を抱きしめた。
「れ、怜さん…」
身長が10センチ以上も違うし、肩幅とかも違いすぎるので明羅はすっぽりと腕の中に入ってしまうような感覚に陥る。
まだ慣れなくて声が上擦ってしまうし、顔も熱くなってしまう。
「さ、片付けてちょっと練習するかな。お前は?そういやお前の成績ってどうなの?」
買い物袋をもってキッチンに移動しながら怜が聞いてきた。
明羅はまだ心臓がどきどきしてるのに怜はいたって普通そうでちょっと面白くない。
「…成績は別に何も問題ないよ?」
「あ、そう?」
「ん…あ、そういや面談がある」
「進路か」
片付けしながら会話を続ける。
「そう。…どうしよっかな…」
ん~、と怜も唸る。
「そこは俺が口出しする所じゃないからな…。ただ普通の大学入っても俺と同じようにやっぱり辞めるようになるんじゃないか?明羅は音に選ばれた人だろう、きっと」
「…音に選ばれた…?」
「そう。特別だ。じゃなきゃあんな曲つくれるか」
怜が肩を竦めた。
「あれを出せば誰しもが認める作曲家様になるだろう。急がなくていいと思うぞ?急がなきゃないのは俺の方だな…」
「急ぐ?怜さんが?何を?」
「あれを出すのを。だから俺は練習。お前は?」
「うん、じゃ、ちょっと怜さんの音聴いてから籠もるよ。……いいのかなぁ……贅沢だ」
二階堂 怜の音が溢れる空間にいてしたいことをして、一緒にいられて。
「どこらへんが贅沢?」
怜がふっと笑って聞いてきた。
「……全部」
「随分安上がりなおぼっちゃまだな」
「それ!怜さんだって二階堂グループの令息ならお坊ちゃまでしょ!」
「ところが俺が小さい頃は今ほどじゃなかったからそうでもないんだな。残念。母親が弱かったって言っただろ?だから料理を覚えたんだ。まぁ、作るのも好きだったんだろうけどな。ああ、宗はお坊ちゃまだ」
ぷぷっと怜が笑った。
「そういや音録る日、10月の3週目の日曜にした。いいか?」
明羅はこくんと頷く。
「…いいけど…でも…」
「却下。もう覆す事ないから」
怜は聞く耳を持たずピアノに向かった。
本当にいいのかな、と明羅は不安で仕方ない。
だって異例だ。
ショパンコンクールで2位になった人の初めてのCDが素人の作品って。
ネームバリューだけならば親の名を借りれば明羅の名は一流といっていいだろうが。
明羅は怜が明羅の曲を明羅だけに弾いて聞かせてくれるだけで満足なのに。
ソファに座ってしばらく怜の音に聞きほれる。
こんなに毎日のように聞いているのに怜の音に厭きはこない。
曲の新たな発見もある。
自分では出来ない表現、解釈、いつでも明羅は目から鱗が落ちてくる。 すると創作意欲が湧いてくるのだ。
家にいたら怜の事が気になって気になって全然何も手につかないのに、一緒の空間にいるだけでこんなに精神的に違う。
明羅はそっと立ってパソコン部屋、今では明羅の私物で溢れた部屋に入った。
はっと意識を戻し、ヘッドホンを外すと怜の音が止んでいた。
明羅はパソコンを落として部屋を出た。
「怜さんっ。声かけて」
キッチンではすでにいい香りが漂っていた。
「俺、役立たないけど…」
全部を負担にかけたくない。
「いや顔出したけど集中してるみたいだったし。今はそっち優先してもらわないと。お前に変なプレッシャーがかからないか…って心配ではあるんだが」
「…怜さんの音聴いてればいくらでもフレーズは出てくるから問題ないよ。それより俺…」
明羅は顔を俯けた。
怜が与えてくれるものが多すぎる。
その分が負担をかけていると思えば明羅は自分がここにいていいのかと思えてきてしまう。
「んじゃ洗濯物、たたんできて」
明羅は小さく頷いた。
「お前気にしすぎ」
「だって…」
この広い家では小さめなダイニングで怜と向かい合って用意してくれた夕食を取りながら怜に言われた。
「…気にしすぎると疲れるぞ?」
気にするに決まってる。
だって怜に嫌われたくない。
何も出来ないけど、だからってそれに胡坐かいちゃいけないと思う。
呆れられて、嫌になられたらきっと耐えられない。
「…なんつう顔してるんだか…。何がそんなに不安だ?」
「不安…?」
「迷子のようだぞ?」
そうかもしれない。怜さんと一緒にいられて幸せだけど、いつか終わりが来るかもしれない。
明羅からそれはないと思うけど、怜さんは…?
それが頭の片隅に引っかかってるんだ…。