新しい年が明けて千尋先輩の東京行きのカウントダウンが始まった、と岳斗は思ってしまう。
4月になれば岳斗は3年に進級してその時にはもう千尋先輩は傍にはいないんだ。
「千尋先輩…いつ出発…?」
口に出してみるけれど、ここに、岳斗の部屋に千尋先輩がいるわけじゃない。
いつも聞きたくて、そして怖くて聞けない言葉だ。
千尋先輩の誕生日は4月3日と聞いた。
その前?後?
千尋先輩は忙しく動いている。
アパートも週末に東京に行った時に目ぼしい物件を当たっているらしい。
全部が高い、とぼやいていたけれど。
千尋先輩の心情を考えれば卒業式を終えたらきっとすぐにでも行きたいところだろうとは思う。
けれど…せめて誕生日は一緒にいたい。
…そう思ってもいいのだろうか…?
口に出して言えないけれど…。
クリスマスに千尋先輩から貰ったリングを眺める。
これを見ていれば自然に岳斗の顔は綻んでしまう。
岳斗は普段はつけてはいない。
そのかわり、千尋先輩はずっと左手の薬指に岳斗のプレゼントしたリングをつけていてくれるんだ。
それに気付いた目敏い尚先輩がニヤニヤして岳斗に確認してきたのは当然だろう。
そしてもう数少ない学校で千尋先輩とすれ違うというシチュエーションの時に千尋先輩は岳斗の顔を見てにやっと笑いながらこれ見よがしに薬指のリングにキスしてみせるのだ。
その度に岳斗がかっとして顔が真っ赤になるのを満足そうに見ている。
意地悪…。
その度に岳斗は身体が熱くなってしまう。
どうしたって連動してクリスマスの日を思い出してしまうから。
千尋先輩のライブの時の姿、歌詞、そしてその後の事も。
千尋先輩はきっとそれを知っていてわざとそういう事をしてるんだ。
もうっ!と思いながらもそれももあと少しだけと思えば悲しくなってくる。
学年末のテストを終えればあとはほとんど3年生は登校しないから…。
「岳斗、どうして欲しい?」
学校の帰りの千尋先輩の家。
着替えを終えた千尋先輩がベッドに座る岳斗の横に座って顔を合わせながらそう聞いて来た。
こうできるのもあと少し。どれもこれもがカウントダウンだ。
「どう…?」
「いつ出発にすればいい?」
「…え?」
「2月からあっちに行く回数は増やす。でもまだだ。4月からとは思っている。だから岳斗、どうして欲しい?」
「………千尋先輩の、誕生日、一緒いたい…」
言っていい、の?
半分泣きそうになって岳斗の顔が歪んだ。
「ん…そう言うと思った。…なぁ、岳斗、今ずるい言い方してお前に聞いたけど…4月3日に出る」
「…えっ!」
誕生日に…?行っちゃう、の…?
ぐっと岳斗の目が潤んでくる。
「ああ、ほら…また泣く」
「だ、って…」
「3日に出るけど、その前の日、2日から一緒にいよう?それならいいだろ?そしてお前に送ってもらいたい。俺の背中押して、見てくれてるお前に…」
またそんな事言われたら泣きたくなるじゃないか~~~…
「う~~~~………。…う、ん……」
「…んでもなぁ…今でもこれなのにお前の顔とんでもない事になりそうだな…」
千尋先輩が苦笑しながら岳斗の涙を拭う。
「だってぇ…」
頑張って泣かないようにしよう!
笑って行ってらっしゃい、と言いたい。頑張って、と。
…そして追いかけるから、と。
「3日は泣かないから…」
「ん~…それはそれで複雑な気もする」
千尋先輩の部屋の煙草の匂い。全部…4月まで…。
「千尋先輩…泣いていい?」
「泣いてるだろ」
「ん…だって」
寂しい。本当は傍にいたい。いて欲しい。
でも千尋先輩のあのベースを聴いたら、あのライブを、エール・ダンジュの演奏を聴いたらそんなのただの岳斗の我儘なんだ。
それにずっと、じゃない。
1年だけ。
きっと1年なんかすぐだ!
だって岳斗が1年生の時から千尋先輩のファンになって話するようになるまで1年以上もあったんだから。
それに1年丸まる会えないわけじゃない。
岳斗から会いに行ったっていいんだから。
千尋先輩がキスしてくれる。
「会いに行く!…ね」
「ああ。俺もバイク飛ばして帰ってくるから」
「……飛ばすのは危ないからダメ」
くくっと千尋先輩が笑う。
「危なくないように飛ばしてくるから」
「……うん。でもやっぱ飛ばすのダメ。心配で死にそうになるもん」
くしゃっと千尋先輩が岳斗の頭を撫でた。
これもあと少しだ…。
テーマ : BL小説
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