「千尋先輩…」
いつも千尋先輩の胸で音を立てるクロスが岳斗の胸で音を立てた。
「これ、いいの…?ほんとに?」
「ああ…お前に持ってて欲しい。それに…それがあれば俺をいくらか思い出せるだろう?」
「やだ、そんな言い方。俺はいつでも千尋先輩の事ばっか考えてるのに……でも、また大事な物増えた」
「ん?」
「CDにMA-1、リング、ボタン、そしてコレ…」
しゃなりと音を立てるクロスを手で掴む。
「…………CDは忘れてくれ」
千尋先輩が岳斗の上でがっくりと肩を落とす。
「なんで?すっげ大事なのに!俺携帯にいれていっつも聞いてるもん!」
「マジか!?……岳斗、携帯出せ。消す」
「やだ!だめ!」
千尋先輩の頬が赤くなってる。
「…やだ、よ…。だって千尋先輩の声聞きたいときにいっつも聞くんだもん…」
「…………」
はぁ、と大きく千尋先輩が溜息を吐き出した。
「……じゃ俺の携帯にもお前の声入れる。……ああ、エロい時の声いれようかな…」
「ちょ!な、な、何、言って!!!」
「いや、動画で撮るか?」
「やっ!な、に言って!信じられないっ!」
かっと岳斗は耳まで真っ赤になる。
「…嘘だ。…そんなのもっと岳斗が欲しくなるだけだから」
千尋先輩の手が岳斗の衣類を剥いでいく。
「でも声は俺のにも入れてくれ」
「……うん。じゃ、やっぱり俺ももっと聞きたいからもっと入れて?」
「……んん~」
「ずるい!俺、千尋先輩の声も大好きなのに!」
「…そういや初めの頃からよく真っ赤になってたな」
くっと千尋先輩が笑った。
岳斗の耳元に千尋先輩が口を寄せてきた。
「岳斗…」
「ぁ……っ」
耳に直接響く声にぞくっと肌が粟立った。
「ゃ…ぁ……」
「コレだけで感じるのか…?」
だって!声が低くて甘いんだもん…。
響いてもっと聞きたくて。
「ちひ、ろ…せんぱ、い…っ……」
ぎゅっと首にしがみついた。
「いっぱい、し、て……?」
明日の事なんか考えられない位にいっぱい。そして激しく。
「ああ……」
岳斗は自分からキスをせがんだ。
いっぱい、欲しい。
「印もいっぱい、つけて…」
きつくつけてもらっても消えてしまう。
分かっているけれど、いくらでも欲しかった。
それが残っているうちはこんなに愛されたんだという事が分かる。
何日も何日も残るようにきつく、きつく。
「岳斗」
千尋先輩が噛み付いたんじゃないかと思う位きつく胸のあたりを吸い上げた。
「あ、あぁ…い、た…ぃ……」
あちこちを同じように吸われる。
岳斗は手の甲で口を押さえた。
でももっと!だって……。
岳斗の眦から涙が零れる。
「千尋先輩、千尋先輩…」
寂しい…。でもこれは一回も口に出して言ってなかった。
行かないで、傍にいて。
そう言いたい。本当は。
その代わりに岳斗はぎゅうっと千尋先輩に抱きついた。
「分かってる…岳斗」
岳斗が口に出さなくても千尋先輩の耳には全部言葉が届いているらしい。
「岳斗の目がいつでも俺に伝えてくるから…。全部分かってる。俺は分かっててもそれに対して返してやれないが…」
「…ううん…」
普段はそうかもしれない。でもいつも歌に、音楽に全部込められてるんだ。
だから余計に岳斗は泣きたくなるんだと思う。
ベースを弾く時の気持ちに千尋先輩の全部が入ってる。
曲の旋律に入ってる。
歌詞に入ってる。
あの誕生日の時の曲も歌詞が千尋先輩の心を全部出しているんだ。
愛してる…て入ってた。
そんなに…?こんな何もない自分を?
東京に行く前日の、そして千尋先輩の誕生日という特別な日に一緒にいられるのは自分だけ。
そう思えれば岳斗は我慢できる。
「岳斗…歌に…曲に全部込める。俺が作るこれからの曲は全部お前を思っての事だから」
ぶわっとまた岳斗の双眸から涙が溢れそうになる。
「なんで…そんな……だから泣いちゃうんだよ!」
「いい。岳斗…」
なんでそこまで…。
「岳斗が俺を変えた。お前の無垢な思いが…全部分かる。いつも俺を見てる、俺だけ……。これからも…」
「うんっ……俺、だって…本当に千尋先輩だけ、…初めてライブ見た時からずっと千尋先輩だけなんだ…」
考えればもうすぐ丸2年になるんだ。
それなのにこの思いは衰えるどころかもっと強くなってる。
「千尋先輩…千尋先輩…好き…大好き……愛してる…」
そんな強い言葉…自分には合わない気がするけど、好きじゃもう足りないんだ。
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