「今の…シンセの…?」
『ああ、今練習中。ええとな…岳斗…』
「うん」
千尋先輩の声が小さくなった。
『岳斗の誕生日の時の曲…インディーズでCD作る…事に、なった』
「ほんと~~~~!!!?」
『…ああ』
きゃ~~~~~~~~!!!!マジで!?まじで!?
「買う!買う!買う!」
『いや、まだだから』
くっくっと千尋先輩が笑ってる。
凄い~!
「あ、でも千尋先輩の歌だったらもっとよかったんだけど!」
『それは無理』
も~~~!
「えへへ~~!凄いね!」
『話のスピードが怖いくらいに進んでいく』
「千尋先輩なら大丈夫だよ!」
『……お前にそう言ってもらえると安心するんだ』
…そう、なんだ?
「…千尋先輩はすごい!千尋先輩は大丈夫!だって俺、千尋先輩のベース大好きだから!」
『…ああ』
「あ!練習の邪魔、だよね!千尋先輩、頑張ってね!」
『ああ』
千尋先輩の声に力がこもった。
切れる電話。
凄い…。
凄いけど…。嬉しいけど…。
「……完全に置いてけぼり……」
岳斗は泣きたくなってくる。
電話に出る位近い位置にいる女の人。
電話でもろくに話せてない自分…。
自分の進む道に着実に進んでいる千尋先輩。
止(とど)まったままの自分。
あの女の人が今日の電話に出たのはバンドの練習で近くにいたから、…だからだ。
会いたいのに…。
忙しい千尋先輩の邪魔しちゃいけない、と思うけど…。
それから電話をかけて出ない日がさらに多くなる。
そして出たと思ったらあのシンセの人。
名前深尾さん、って言った。
顔はよく覚えていない。
だってライブの時は千尋先輩に釘付けだし、紹介された時は夢見心地だったし。
千尋先輩もそんなにバンドの人がどういう人かなんて言わないから全然知らない。
ただ皆話が合って、音楽性が一緒で、アレンジなんかも刺激される、とは聞いたけど…。個人的にどうのって聞いた事なかった。
全然分からない、んだ…。
全然知らないんだ。
コール音。
『はい、千尋の携帯で~す』
『だから勝手に出るなって言ってるんだ!』
繋がるとこれなんだ…。
いつもいつも一緒にいるって事…?
「千尋先輩…?」
『岳斗?どうかしたか?』
「……ううん…なんでもない。今も練習?」
『いや、深尾の家』
シンセの人の家…?
でもよく聞けば千尋先輩の後ろから複数の声が聞こえる。
ああ、別にシンセの人と二人、じゃないんだ、とほっとした。
「打ち合わせ…?…ごめんね…?邪魔だった、ね…」
『お前が邪魔な事ねぇよ』
そう言ってくれるけれど…。
すぐに電話を切って岳斗はうな垂れた。
いつもいつもあの人が千尋先輩の電話に出る。
なんで…?
こんなに岳斗は千尋先輩が足りないのに。
電話をかけても繋がらないか、始めに出るのが千尋先輩じゃない事に岳斗は電話をかけるのを止めた。
疑心暗鬼になる自分が嫌だった。
そして嫉妬で狂いそうになる自分が嫌だった。
なんであの人が電話に出るの?と本当は問いただしたいのに。
なんで千尋先輩が出てくれないの?と言いたいのに…。
…そんな事を電話で言いたくもなくて。
電話に出ない時の方が安心するなんておかしい。
そうして何日かしたバイトからの帰り道。岳斗の携帯がなった。
「もしもしっ」
『岳斗?今は?』
「バイトの帰り道だよ!」
千尋先輩の声。
『なんで電話よこさない?』
千尋先輩の声が低い。
だってあの人が出るから…。なんて言えなくて黙ってしまう。
「…千尋先輩忙しそうだし…。邪魔、かと思って」
『お前が邪魔って事はないって言っただろ』
「うん…だけど…」
だって千尋先輩じゃない人が出る電話にかけたくないんだ…。
岳斗の視界が歪んでくる。
会いたい。足りない。
せめて連休があれば行ったのに6月は連休もなくて…。
その6月ももう終わろうとしていた。
7月になれば夏休みが来る。
そうしたら行けるから、自分にそう言い聞かせていた。
「千尋先輩…夏休み…行っていい…?ずっと…千尋先輩のとこいていい…?」
『…いていいに決まってるだろ』
「…うん…。そこまで我慢する、から…」
声が震えそうになる。
我慢しろ。泣くな。
『…あんまり話も出来なくて悪い』
「ううん!大丈夫だから!」
全然大丈夫じゃない。ホントは…。
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