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羽がすれ違う。 5

 「どうした?」
 「え?何が?」
 岳斗が何曜日にバイトに来ているかをちゃんと把握している尚先輩はふらりと立ち寄る。
 今日はもうすぐバイトも終わる時間で岳斗がもう帰る時間に現れた。
 尚先輩の家は違う方向らしいからわざわざ岳斗の顔を見に来てるのだとは思うけれど。
 「お前もうバイト終わりだろ?外で待ってる」
 別に頼んでないけど、と思いながらも弱っている心には尚先輩が岳斗を心配してくれているのが分かって嬉しいと思ってしまう。
 お疲れ様でした!と叔父さんに挨拶して外に出ると尚先輩が待っていた。

 「お前、顔、可愛くなくなってる」
 「………」
 元々カワイイとも思った事もないけど。
 「千尋は?話してるのか?」 
 岳斗は小さく首を振った。
 だって忙しいみたいだ。

 お昼に岳斗から電話しなくなって、千尋先輩からかかってくるのを待つ一方になったら回数が激減した。
 練習も自分のバンドの方と紹介された方とで忙しいのにライブハウスでの仕事もしなくちゃいけないから。
 身体が心配だったけど、それで電話して千尋先輩の睡眠や貴重な時間を邪魔しちゃいけない、と思ったらますます岳斗からは電話出来なくなった。

 一番の理由はシンセの人が電話に出るからだけど…。
 何回か電話したけれど、タイミングがいいのか、悪いのか。
 千尋先輩は着信が分かるようにとテーブルとかに携帯を置いているらしいけどたまたま席を立った時とか、離れた時に岳斗がかけているらしい。
 それを勝手に取る、とは聞いたけれど、聞きたい千尋先輩の声じゃない声が一番に聞こえるのに岳斗はもう自分が耐えられなくなりそうだった。

 「岳斗?」
 岳斗は歩きながら目が潤んでくる。
 会いたい…。
 声が聞きたい。
 ぽたぽたと涙を零した。
 それなのに相変わらず会うのが尚先輩で。
 「…なんで会うの尚先輩ばっかなんだよ」
 「…ホント先輩に向かって失礼なヤツだな」
 ごつっと頭を小突かれた。

 それ以上何も尚先輩は言わなくて、ただ黙って岳斗の帰り道についてきてくれただけ。
 でも千尋先輩をよく知っている人、岳斗との事も知っていてくれる人の存在にちょっとほっとしてしまった。
 きゅっと岳斗は首にかかったクロスを握った。
 「…尚先輩ありがと」
 「……お前は我慢すんな。………しかし千尋っていてもいなくてもヤな奴」
 「え?」
 「岳斗に自分の痕跡ばっか残して。お前の首に下げてるソレ見る度に千尋がいるみたいでムカツク」
 尚先輩の言葉に岳斗は笑ってしまった。
 「うん……」
 千尋先輩の贖罪の意味のこもった十字架。これを貰った千尋先輩の誕生日の日の事を思い出して岳斗は薄く笑みを浮べた。

 「会いに行かんねぇのか?」
 「…ううん。そうじゃないけど。…千尋先輩忙しそうだし…」
 「そんな事考えてやる事ねぇよ。お前が行きたきゃ黙ってでも行けばいいんだ。それで奴が嬉しくないわけないだろ」
 「…そう、かな…?」
 「やせ我慢してんだろ。アイツ、お前の前ではカッコイイって思われてたいだろうから」
 「え?」
 「カッケェ、カッケェ、ってお前連発すんだろ。いつでも千尋ばっかに夢中で。だからお前にずっとそう思ってもらいたいって思ってんの。アイツは!」
 「…いつでも千尋先輩はカッケェけど?」
 何したってしなくたって。 
 それが当然だと思うけど、と岳斗は首を傾げた。

 それを見て尚先輩が頭を抱える。
 「ほんと…俺入る余地なし、だもんな…。いや岳斗が千尋に向ける目に惚れてる、ともいえるしなぁ…」
 え…?
 岳斗が尚先輩を見上げた。
 「この目が全然ちげぇんだから…あ~あ……ヤになるよ、ホント。……千尋に岳斗が泣いてるってメール入れといてやるよ。そしたら電話かかってくんだろ」
 「…いいよ。だって忙しいのに、そんな事で」
 「そんな事じゃなねぇだろ。…んとに!だからお前は強情だって言うんだ。なんか気になる事でもあんのか?」
 「…ううん」
 「あんだな?」
 「……ないもん!」
 岳斗が口を引き結んで答えると、はぁ、と尚先輩が溜息を吐いた。

 「……抱え込むなよ?」
 そう言ってじゃ、と尚先輩が行ってしまう。
 気にしてくれてるのが嬉しい。
 そういえば岳斗の誕生日も千尋先輩に教えてくれたのは尚先輩だ。
 煙草の時とかも、だ。
 何気に世話になってるんだ。
 …変なの、と岳斗はぷっと笑った。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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