家に着いてご飯食べてお風呂も入ってさて、寝ようかな、と思ったら電話がなった。
「も、もしもしっ!」
『泣いたって?』
挨拶もなしに低い声が響いた。
尚先輩メールしたんだ~!!!しなくていいって言ったのに!
「ち、ちょっと、だけ…だもん」
『…岳斗…』
千尋先輩の声にまた泣きたくなってくる。
会いたい、会いたい…。
だってもう1ヶ月以上も会ってない。声だっていつも少ししか聞けなくて、忙しそうなのは分かっても何をしてどうやって忙しいかなんて岳斗には全然分からない。
「ぅ……」
声が漏れそうになる。
『岳斗』
千尋先輩が名前を呼んでくれる。
「ち、ひろ…せ…ぱい…」
会いたいんだ…。
キスしたい。
千尋先輩が足りない…。
『岳斗』
何度も呼んでくれる。
その後ろから千尋ー、はじめるよ!という声が聞こえてくる。
またあのシンセの人の声…。
「練習、なの…?」
『……ああ、明日レコーディング。もう少ししたら時間もっと取れるようになるから』
「…うん…千尋先輩…頑張ってね」
早く!という声が聞こえてても千尋先輩は急いで電話を切る気配がない。
「千尋先輩……電話、ありがと」
『バカ…。岳斗…オヤスミ』
「うん…千尋先輩のベースのカッコイイ音CDで聴けるの楽しみにしてるね!」
『ああ』
ふっと千尋先輩が笑った。…多分。
電話は切れたけど、ちょっとしか話せなかったけど、寝る前に千尋先輩の声が聞けた。
「千尋先輩…」
大好きなんだ…。
でも足りない。こんな声じゃ全然足りない。
枕に顔をつけて岳斗は泣いた。
シンセの人は毎日会ってるだろうに…。
こんな事思うのは間違ってる。今だってわざわざ電話くれたのに。
でも尚先輩がメールしなかったら今の電話もなかったはず…。
嬉しい気持ちとそうじゃない気持ちがまぜこぜになる。
「会いたい…よぉ……」
千尋先輩のクロスを握り締めて岳斗は身体を丸めて泣いた。
一回会いたいと思ったらもう我慢出来なくて…。
だってGW明けからずっと会ってなくてもう7月だ。
2ヶ月も会ってない事になるんだ。
夏休みになったらと思ったけれどそこまで我慢できない。
お金はあるし、行ってしまおう!と思った。
バイトは、そこは身内の特権で岳斗の都合のいいようにしてくれるので土曜日は休んでしまおう。
鍵は貰ってるから千尋先輩がいなくても一応は大丈夫だし。
金曜日のお昼休みに一応行っていい?と聞こうと思って電話したけど忙しいのか電話はコール音が鳴るだけだった。
その後千尋先輩から電話がかかってきたけど今度は岳斗がお風呂入っている時だった。
すぐにかけ直したけどもう出られない状態なのかまたコール音ばかり。
メールで行くね、と入れればいい事だけど、会いたいから行く、と言葉で伝えたかった。
朝早くは電話も行くのも千尋先輩の迷惑だろうから、と思って連絡を避け、お昼すぎ位に着く新幹線にとにかく乗ってしまう。
電車で乗り換えて下りる駅は知っているし、住所も分かっているし、前に行った道順も多分覚えているはず。
逸る心と不安な心が混ざったまま千尋先輩の元に向かった。
だってもう2ヶ月なんだもん…。
ちょっとだけでもいいから千尋先輩に触れたい。
新幹線の中でデッキに行って電話をかけた。もうすぐ東京に着くという手前。
『千尋の携帯で~す』
またシンセの人…。
『千尋まだ寝てるよ?』
え…?
「あ、の…じゃ、また後で…かけ、ます…」
『起こす?』
「いえ、じゃ」
まだ、寝てる…って…、どういう事……?
一緒に、いる、…の?
岳斗の心臓がどくどくと怖いくらいに大きく鳴っている。
何……?どういう事……?
どうしよう…?
岳斗は行かない方がいい…?
でも…もう駅に着く。
怖くて身体が震えた。
このまま帰った方がいい……?
でも…。
ぐるぐると嫌な考えだけが頭の中を巡る。
いつも一緒にいる人。
ここ最近は千尋先輩が出るよりもあの人の方が先に携帯に出てた。
そういう、事…?
千尋先輩からの電話も減ったし…。
メールも…。
岳斗はもう…いらない…?
離れてるより近くにいる人の方がいい、にきっと決まってる…。
岳斗は千尋先輩だけ、だけど…。
「千尋先輩…?」
ぎゅっと十字架を確かめるように握った。
テーマ : 自作BL小説
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