駅に着いて構内を歩いている間に着信があったらしい。
携帯を手にしたら千尋先輩から不在着信があった。
そして歩きながらもう一度、ドキドキしながらかけてみた。
今度は千尋先輩が出ない。
なんで…?うまくいかない…。
やっぱり行かない方いい、のかな…?
泣きたくなってくる。
そして今度は岳斗が電車に乗ったらかかってきた。
出たいけど…。
電車の中ではちょっと…。
それに千尋先輩の声聞いたらもう泣くかも。
そう思ってコールする携帯をただ見つめて、そして切れた。
アパート、行っていい、の…?
行ってもしあの人がいたら…?
不安で岳斗は心臓が嫌な音を立てている。
岳斗がこんな近くまで来てるなんて千尋先輩は分かっていないから。
千尋先輩のアパートの近くの駅で降りた。
電話…、と思ったけれど、ここまで着たら行った方が早い?
でもアパートいないかも…。
でも…、と頭の中はぐるぐると嫌な考えばかりだ。
怖い…。
息を飲み込みながら岳斗は急ぎ足で千尋先輩のアパートに向かった。
角を曲がって、アパートの敷地へ…。
「ぁ…」
千尋先輩の後姿!
「ち…」
声を出そうとしたら千尋先輩の向かいに女の人がいた。
そしてちょっと背伸びして千尋先輩の頬に顔をつけてた。
「だから!人前でこんな事すんじゃねぇ!」
「別に減るもんでもないしいいでしょ……って、あっ!」
女の人の目が岳斗を捕らえた。そして指を指されたのに岳斗は回れ右して走り出した。
「岳斗っ!?」
千尋先輩の声が後ろから聞こえたけどそれどこじゃない。
来ちゃいけなかったんだ!
バカだ。
ぶわっと涙を流しながら、泣きながら岳斗は走った。
「岳斗っ!待て!」
やだ、やだ…っ!
千尋先輩の声が聞こえたけど…。
待てない…。やだ…。
掴まったら何言われる?
もう来なくていい?
鍵返せ?
来なければよかった…。
「岳斗!」
「や、だっ!は、なしてっ!」
腕を掴まれたのに岳斗は暴れた。
息を切らせながら、大泣きしていた。
「や、だ…離し、て……ごめんな、さい……っ」
「岳斗?なに言って…?」
「帰る、から……」
「いいから、岳斗。なんでそんな泣いて……さっき、のか?あれは挨拶だから」
「挨拶……?…って、何?…俺、なんか、声も聞けない、のにぃ……電話、だって…話せない、のに……会えない、のに……ち、ひろ…せんぱ、い…いそがし、から…我慢、した…のにぃ……帰る!帰る!…や、だ
…っ!」
涙が止まらなくて声まで上げて泣けてきた。
「岳斗、落ち着け…」
千尋先輩が岳斗の身体を抱きしめようとしたのにどん、と胸を押した。
「や、だ…俺、いらない……んで、しょ…?もう、…あの人、がいい、の…?」
「は?何言ってる?」
「だって…いっつも、いっつも…電話出るのあの人なんだもん!いっつも……さっきも…千尋、まだ寝てる、って……言って、た……いつもあの人ばっか……なんで…?俺、や、なのにぃ……」
「岳斗、とにかく来い。分かった!」
「や、だ…よぉ……!千尋先輩…やだ!」
「やだ、じゃない。バカ。岳斗」
ちゅ、と耳元にキスの音がする。
「岳斗…」
何度も何度も。
千尋先輩の腕が岳斗を抱きしめて背中を摩って宥めてくれる。
「岳斗、とにかく来い」
泣きしゃっくりを繰り返す岳斗の手を引いて千尋先輩がアパートに向かう。
「千尋?どうかした?」
「どうかしたじゃねぇ。貴様、覚えてろよ?岳斗を泣かしたのはテメェだかんな?」
「え~!こわ~い!私?なんで?」
「テメェが散々余計な事をしたからだろうが!いいか、二度と俺と俺の物に触るな!」
「最悪~!」
「最悪はテメーだ!なんで工藤はこんなクソアマがいいんだ!?」
「健ちゃんは千尋と違って紳士で優しいから!岳斗クンはなんで千尋なんていいのぉ?そりゃベースはイイけど。千尋はベースと顔だけじゃん!いいのは!」
「うるせぇ、消えろ!」
「健ちゃん、最悪だよねぇ!」
岳斗はひくっひくっ、と泣きしゃっくりしながら会話を聞いていた。
そしてよく見たらもう一人人がいた。
ええと…ドラムの人…?
「岳斗クン?ごめんね?ウチの佐緒里が邪魔して」
「ど、ゆ……こと…?」
「邪魔じゃない!ま、いいや、じゃ、千尋、今日はごゆっくり~。あ、バイト変わってあげるから!」
「当然だな!」
千尋先輩がシンセの人に吐き出すようにして言った。
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