夏休みはずっと千尋先輩の所にいた。
岳斗の誕生日には一日岳斗のために時間を空けてくれ、夏休みが終わって帰らなきゃいけないときは寂しかったけれど、受験で来る予定もあったし、着実に前に進んでいる気がした。
エール・ダンジュのインディーズのCDの売り上げが好調でメディアで紹介もちょっとされるようになり、夏休み終わって岳斗はエール・ダンジュのCDを持って帰って来た。
Linxのメンバーに頼まれた分は尚先輩に渡して、50’sの千尋先輩の叔父さんに渡して、バイト先の自分の叔父さんにはプレゼント。
そしてもう一つ。
ある日曜日に学校近くの千尋先輩の家に岳斗は向かった。
かなり緊張してドキドキする。
車を見るとあるので、多分いる、はず。
岳斗は千尋先輩の家のインターホンを鳴らした。
千尋先輩がいた頃は何度も来た家だったけれど…。
はい、と出てきたのは千尋先輩のお母さんだ。
キツイ感じだけれど千尋先輩と似てる、と思う。
「あの、俺、千尋先輩の後輩で長谷川 岳斗って言います。あの、何度かお邪魔したことあるんですけど…」
「ああ、千尋が連れて来てた子ね」
「はい…で、あの…コレ、聴いてください」
CDを差し出した。
「千尋先輩のCDなんです!千尋先輩のベース…聴いて下さい。凄く、いい…から…」
「………」
お母さんが黙って受け取ったのに岳斗はほっとした。
「…それ、千尋がしてた?」
お母さんの視線が岳斗の十字架に注がれたのにどきっとした。
「ええ、と……あの、はい…。コレ…千尋先輩がバンド始めた時に買ったって…革のはバイク乗る時にって…」
十字架の意味合いをお母さんは分かるのだろうか?
「………千尋と会った?」
「はい」
「……身体に気をつけてって…何かあった時は帰ってきていいから、って伝えて」
そのお母さんの言葉に岳斗はまただぁっと涙が零れてしまう。
「あら…」
「すみません…あのっ!煙草で呼び出しの時、千尋先輩は俺を庇ってくれたんです!だから…」
「…それはそうかもしれないけど、でもあの子煙草吸ってるもの」
そうですね…。
「あのっ!さっきの…千尋先輩に直接言ってくだ、さいっ!俺、じゃなくてっ!じゃ、すみません、突然来て…失礼します」
「……………」
泣いたまま頭を下げてそして走って逃げるようにして千尋先輩の家を後しにた。
余計な事したって自覚はある。
けど、この十字架が千尋先輩を縛っているんだ。
岳斗はぎゅっと十字架を握った。
その後、千尋先輩のお母さんが聴いてくれたか心配してやきもきしたけれど、千尋先輩は電話で何も言わないし、もう一回千尋先輩の家まで行って聴きましたか?なんても言えなくて、結局日数が経ち、すっかり岳斗が気にしなくなった頃に千尋先輩に会いに行ったらいきなり羽交い絞めにされた。
「何してんだ?オメーは!?」
「え?何?」
千尋先輩はすぐに岳斗を解放して、そして駅で人前なのに岳斗の肩に頭を乗せた。
「………母親から電話来た」
「来たの!?」
よかった!岳斗は千尋先輩の顔を覗きこんでへへ、と笑った。
「かなり余計な事したけど…」
「いや…俺も意固地になってたから…今度一度帰る」
「…うん」
「……それにしても泣きすぎだ」
う…そこまで言ったの…?
「お前誰かれの前で泣くんじゃねぇ、って言ってんのに」
「別に泣こうと思って泣くんじゃないもん。千尋先輩といるようになってからだよ…泣くようになったの。今までそんな泣いた記憶ないよ?」
嘘だ、という表情で千尋先輩がちろりと岳斗を見ている。
「ほんとです!」
だって普通の平凡な何も変化のない平和な毎日だったから。
千尋先輩と会ってから劇変したんだから。
「涙腺弱くなったのかなぁ?」
「……それは俺の所為だと言いたいのか?」
「え?別にそうじゃないけど」
「だよなぁ…あんまりよすぎても泣くし?」
「ちょ!な、…っ!」
なんてこと言うんだ!こんな人の多いとこで!
かぁっと真っ赤になって岳斗は手の甲で頬を押さえる。
そんな事言うのやめて欲しい!
専門学校に進学を決め、クリスマスから冬休みも千尋先輩の所で過ごした。
一緒に天使の翼のネックレスを見に行って、そして翼を半分こしたネックレスを買った。
二人で一人前。
でも岳斗は人気の出てきたエール・ダンジュでそのベースしてるのにお揃いはマズイ!って言ったけど千尋先輩が譲らなかった。
あんなに長いと思った1年がもうそこまでやってきている。
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