岳斗の卒業式。
長かった一年が終わった。
もういつでも千尋先輩の傍にいける。
岳斗の頭にはそれしかなかった。
家での今までの日常がなくなると思えばやはりちょっと寂しいとは思う。
けれどそれよりもやはり千尋先輩のほうが大事だった。
「……行っちゃうんだね」
卒業式の後、家までの帰り道。
母親と一緒だったけれどぽつんと呟かれて心が苦しくなった。
「ごめんね?」
「ううん?岳斗が決めた事だから。音楽関係の方っていうのも合ってると思うし」
「うん。それはお父さんとお母さんに感謝する」
両親が音楽を好きじゃなかったら岳斗だって興味持たなかったかもしれない。
「あ…」
家の前に背の高い人がいた。
「お迎え、かぁ」
お母さんの呟きが聞こえたけれどもう何も聞こえなかった。
岳斗はだっと走って千尋先輩の元に向かう。
「千尋先輩っ!」
「卒業おめでとう!…去年は俺ん時に来てくれたから」
「俺の第二ボタンいる?」
「ん~~~~…どっちでもいい」
「ちえっ!」
「…お前がいればいいから」
小さく耳元に囁かれたのにとんと千尋先輩の胸を叩いた。
「岳斗をお願いします」
母親が千尋先輩に頭を下げた。
一緒にアパートをシェアするという話はもうしてあった。
「こちらこそ…すみません。…無理言って」
「無理じゃないです!」
岳斗が声を張り上げた。
岳斗が千尋先輩と一緒にいたいからだ!
「千尋先輩何できたの?」
「新幹線。あと帰る」
「え!俺も一緒行く!」
「は?お前卒業したばっかだろ。いいよ、少し家でゆっくりしたら?」
「ううん。とりあえず行く。あとまた戻ってくるけど。荷物とかあるし。それに新しいアパート俺まだ見てないもん!」
「しかし…」
二人で住むから、と千尋先輩は新しく広いアパートを借りる事にしたのだ。
メジャーデビューも決まって、最近はベースだけの仕事も結構入るようになりかなりいい感じらしい。
「いいでしょ?」
岳斗が母親を振り返ると母親は苦笑している。
今年1年は長い休みと言う休みを全部千尋先輩の所で過ごしてきたんだ。
「じゃ、千尋先輩、入って!着替えして大事なもん詰めちゃうから!」
「すみません…」
千尋先輩が母親に頭を下げながらそして家に入ると岳斗の部屋に一緒に入った。
「岳斗…」
すぐに千尋先輩の手が岳斗を抱きしめる。
「卒業おめでとう…長かった…」
「…うん…」
岳斗もしっかりと千尋先輩に抱きついた。
「去年の千尋先輩の卒業式はもう千尋先輩がいなくなるのばっか気にしてたから」
「ああ……そういやすぐなだれ込んだな?今日はアパート帰ってからゆっくりしてやる」
「そ、そういう事は言わなくていいからっ!」
「岳斗」
千尋先輩がくくっと笑って、そしてキスした。
千尋先輩がそっと離れると、岳斗はささっと着替えをすませ、上にぶかぶかのMA-1を着る。
「結局MA-1ずっと借りっぱだったね?」
「いいんだ。わざとだから」
千尋先輩がベッドに座ってくすと笑っていた。
「そういや尚先輩に言われた事あったな。千尋のだろって。まだ千尋先輩が卒業する前」
「ああ、そうだったな…。だから着てろって言ったんだ」
「?」
「岳斗は俺のもの、って分からせる為だからな」
「え?そうなの?」
「そ」
岳斗が持っていく物を集める。
「CDに…」
「CDってこれ!おま…コレは処分する!」
「ダメー!コレは俺の大事な宝物なんだから!だってこれ初めて千尋先輩にもらったものなんだよ?」
へへと顔を綻ばせて岳斗が言えば千尋先輩は頭を抱えた。
「…まぁ、お前が一人で聴く分には問題ねぇけど…」
あとは、千尋先輩の第二ボタンと、リングの入ってた箱と、…と大事な物は千尋先輩に関するものばかり。
その他に自分の着替えもざっとリュックに詰めて用意を終えた。
「OKです!」
岳斗のベッドに座る千尋先輩が岳斗を見ながらうっすらと笑みを浮べていた。そして千尋先輩の後ろの窓から光りが差し込んで千尋先輩を照らしていた。千尋先輩を射している。
ベースを弾いているわけじゃないのに岳斗の目にはやっぱり千尋先輩の背中に翼が見える。
広がってきた純白の大きな翼。
岳斗が眩しそうに目を眇めると、千尋先輩が立ち上がって岳斗に大きな手を差し伸べてきた。
「行くか」
「うん」
その差し出された千尋先輩の手に岳斗はそっと手を添えた。
きっとその大きな翼で千尋先輩は羽ばたいて行ってしまう。
でもその後ろを必死に追いかける岳斗に千尋先輩は立ち止まってこうして手を差し伸べてくれるんだ、きっと。
一緒に。
ずっと…。
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