「岳斗!次コレ運べ!」
「はいっ!」
専門学校を終えた岳斗は遠藤さんの下でアシスタントとして働くようになっていた。
遠藤さん、なんて気軽に言える人じゃないと知ったのは専門学校に入ってからだった。
著名なエンジニアの人で、気難しく、遠藤さんに気に入られたアーティストは一流とまで言われるような、自分からアーティストを選べるような人だったのだ。
遠藤さんが一番初めに仕事をしたのが千尋先輩の働いていたライブハウスで、飛び入りでライブハウスに顔を出すらしい所に岳斗も居合わせて気に入られた…らしい。
PAエンジニアといっても機械の前だけでなく、スピーカー運んだり、機材運んだりとナニゲに力仕事も多い。
時間もコンサートだったりしたら朝から夜中まで拘束され、時間なんてあってないようなもの。
でもやりがいはある、と思う。
「…ただいまぁ……」
へろへろになって帰宅。
一流と言われる所以か、遠藤さんの所は大きい仕事が多くて、岳斗はくたくたになって帰宅が多い。それでもその後休みがあったりするので出来る事だけど、これで休みなかったら軽く死んでると思う。
「おかえり」
迎えてくれた千尋先輩に岳斗は思わずへへ、と顔が緩んでしまう。
10時間以上ぶりの千尋先輩だぁ…。
「今日もへろへろだな」
「…うん。チョー疲れた…」
玄関で千尋先輩が岳斗にちょんとキスして、そして身体を担ぎ上げる。
本当にいつも力尽きそうにしてマンションまで帰ってくるんだ。
担ぎ上げられた岳斗は千尋先輩の首に腕を回して抱きついた。
千尋先輩の煙草の匂いが強い。
「曲作ってたの?」
「ああ」
じっと岳斗が千尋先輩のカッコイイ顔を見つめると千尋先輩は仄かに笑みを返してくれる。
ああ、好きだぁ…。
困った事に全然千尋先輩大好きが治まらない。カッコイイも相変わらず。
なんで千尋先輩が自分なんかと一緒にいてくれてるのか今でも岳斗は謎で仕方がないんだけど、でもすごく幸せだと思う。
「岳斗、遠藤さんの所に話いったか?」
「え?何の?」
「新人アーティストのデビューライブ」
「あ、うん。なんかきてたみたい。新人で遠藤さんってすごいね」
「うちの事務所押しで俺が曲」
「え!!そうなのっ!?」
「ああ、だからそのデビューライブも助っ人で俺ベース」
「わ!ほんとっ!?」
嬉しいっ!!!じゃ仕事場で千尋先輩と会えるんだ!
「詞は深尾。深尾も助っ人で入る」
「………そうなんだ」
深尾サンは何に対しても悪気ないのも分かったし、ドラムのケンさんと付き合ってるのも分かったけれどなんとなく一番初めの苦い思い出が蘇ってくるので今でも岳斗はちょっと構えてしまう。
それに岳斗を変な風に呼んでくるし…。やっぱり苦手だ。
「えへへ…そっか千尋先輩と一緒かぁ」
顔が嬉しくて弛んでしまう。
すると千尋先輩もくっと笑って岳斗の背をとんとんと宥めるように叩いてくれる。
「このまま風呂行くか?」
「あ、うん…汗かいたし」
「洗ってやろうか?動けない位ツライんだろ?」
「い、いえ、…いいです…」
にやにやしながら千尋先輩が聞いてくるのに顔を赤くして岳斗は頭をふるふると降った。
「つまんねぇな」
何を言ってるのぉ!
いっつも千尋先輩はこうやって岳斗をからかってくるんだから。
「岳斗?遠慮してんのか?」
そしてわざと耳に口を近づけて甘く囁くんだ。
「ぁ……ち、ちがう…もん」
ぞくっと思わず岳斗は身体が震えてしまう。
「岳斗」
「ぁ、…や…っ!だ、めっ!」
ばたばたと身体を抱えられているのに岳斗が足を動かすと千尋先輩はくっくっと笑っている。
「いいのに…。洗って?とでも言えばいくらでもしてやるぞ?言われなくてもしてやってもいいけど」
「や!いいで、すっ!」
嫌なんじゃなくてとてつもなく恥ずかしい、が正解なんだけど。
でも千尋先輩はちゃんとそれを知っているんだから!
「じゃあゆっくり入って来い。飯用意しとくから」
「……うん…。あの…ありがとう、ございます…」
お風呂場で岳斗を降ろして千尋先輩がふっと笑い、岳斗の頬を撫でて脱衣所から出て行ったのに岳斗はほっとした。
岳斗も千尋先輩も帰宅時間、休みもまちまちで、なんとなく家にいる方、早く帰ってきた方がご飯の用意をするようになっていた。
今日は千尋先輩は出かけないって言ってたので千尋先輩。
でも千尋先輩にそんな事させるなんて、とも思ってしまう。
本当は岳斗がすればいいんだけど…。
テーマ : 自作BL小説
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