千尋先輩の言う事は正論だ。
ここは仕事場。そしてライブは一度きりで失敗は許されないんだから。
「ちゃんと、します」
すみませんでした、と千尋先輩に頭を下げて岳斗はしゅんとしたまま遠藤さんの所に戻った。
そうだ、ちゃんとしないと。
浮かれてる自分を殴りたくなった。
岳斗は千尋先輩に会えるだけでもう舞い上がって…。
…バカみたいに。
それでなくても岳斗は凄い千尋先輩に似合ってないと思うのに、仕事位はちゃんとしないと、と唇を噛んだ。
千尋先輩に呆れられたらどうしよう…?
不安が岳斗の心に巣食った。
「岳斗!あっち配線ちゃんとなってるか見て来い!」
「はい」
「場所、向き確認!」
「はい」
会場設営に遠藤さんの怒号が飛び、忙しく岳斗が、スタッフが走り回る。
もうすぐリハだ。
遠藤さんの次の指示を聞きに岳斗が傍まで戻ってくると遠藤さんはステージの方に視線を向けたまま大きく息を吸った。
「岳斗ーーーー!」
「はい?」
大きな声で呼ばれて岳斗はすぐ脇で返事した。
なんでそんな大きな声?
すると、え?という顔をして岳斗に遠藤さんが振り向いた。
「あ?なんだ?…え?」
きょろ、とステージと岳斗を見比べている。
そっと岳斗もステージを見れば千尋先輩と新人クンが話している所だった。
「アレ新人か!岳斗かと思った。無駄話してる時間なんかねぇ!と言おうとしたら!」
わりぃわりぃ、と遠藤さんが苦笑していた。
「そんな似てます?」
「似てる!遠目じゃそっくりだ!」
…そう、なのかな?自分では分からないけれど…。
その後も再々スタッフに間違われてちょっと辟易してしまう。
そう思ってたのは岳斗だけではなかったらしく、岳斗がステージでスピーカーの向きの調整をしていたら新人クンが近づいてきた。
「岳斗ってあんた?」
むっとした顔で話しかけられ、屈んでいた岳斗が立ち上がると目の前に立った新人クンは確かに同じ位の身長で同じような髪型をしてた。
でも顔の造作が遠藤さんの言ってた通りで、岳斗がちょっと傷ついた。
これ位だったら千尋先輩の隣に立ってもいい?
ステージ上で新人クンと話している千尋先輩の姿を目にしてれば卑屈な思いでついそう思ってしまう。
「…なんだ、似てねぇじゃん」
新人クンにふん、と鼻で笑われて岳斗はすみません、と頭を下げた。
あくまで岳斗はスタッフだ。
「チヒロー、俺そんなコイツと似てるかなぁ?」
わざわざ千尋先輩にまで聞いている。
千尋先輩が近寄ってくるのが分かって岳斗は顔を俯けた。
仕事場ではなるべく千尋先輩を見ないように、と心がけた。
だって見ちゃったら目が離せなくなる。
大好きな人が近くにいるのに…。
「全然似てねぇよ」
千尋先輩の低い響く声。
家に帰れば毎日聞ける声なのになんでこんなにどきっとするんだろう。
「だよね!チヒロは一回も間違ってないもんね!」
そりゃ岳斗の平凡な顔と見間違えるはずない、と岳斗は思う。
「真人、もうすぐリハだ。スタンバイ」
「は~い!」
媚を含んだような声。
チヒロ、と新人クンが千尋先輩を呼びながら千尋先輩の腕に手をかけたのが視界に見えた。
でも視線はそこまで。
岳斗は顔をあげて千尋先輩を見る事はしなかった。
リハで岳斗はステージすぐ近くにスタンバイ。
インカムから遠藤さんの指示が飛んでくるのでそれを調整しなくてはいけない。
千尋先輩のベースの音が聴こえる。
大好きな千尋先輩のベースを弾いている所が見られない。
だって見ちゃったら目が離せなくなる。
でも少しだけ…。
つっと視線を上げると新人クンの隣に立って顔をつき合わせるようにしてベースを弾いていた。
確かに背格好が自分と似てる、と思ってしまった。
あっちが表なら岳斗は裏。
新人クンが光なら岳斗は影。そんな感じに思えてしまった。
「岳斗、リアのスピーカーもう少し右」
「はい」
指示が来てすぐに岳斗が動く。
大好きな千尋先輩のベースを弾いている姿から視線を外したまま。
リハは無事終了。
本番は明日だ。でも今日の千尋先輩のベースの音ははちょっと、いやかなり、いつもと違った。
音がイライラしてた…。どうして…?
「ウチの天使ク~ン!ちょっといい?」
深尾サンが岳斗を呼んで近づいてくるのに遠藤さんを伺えば行って来いと顎をしゃくられた。
「…何でしょう?」
「千尋どうにかしてね?」
「え?」
「機嫌チョー悪いから」
「え?なんで?」
「…………いや、当たり前だと思うけど?」
「?」
深尾サンに言い切られた。
…なんで?
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