今日は撤収とかもないのでその後軽く打ち合わせで終了。
岳斗の携帯が震えた。
<帰るぞ。車で待ってる>
千尋先輩からのメールだった。
エール・ダンジュの人達はマネジャーさんとかもいるんだけど、基本縛られるのが嫌だと自分達で行動している。
千尋先輩も車の免許を取って、今は車で移動が多い。バイクは勿論今もあるけれど乗るのはオフの時だ。
「千尋、今日はノリ悪かったな」
遠藤さんと歩いていたら遠藤さんがそう言った。
「初めてかなぁ?こんなノリわりぃの。それにずっと機嫌わりぃし」
「え?そう…?…深尾サンも言ってたけど…」
「なんだ?お前分かってなかったのかよ?」
「だって…見てなかったから…。…俺…千尋先輩見てたら仕事出来なくなるから…」
遠藤さんがはっ!と思い切り笑った。
「なぁるほど…。う~ん…こいつは困ったな…」
遠藤さんが苦笑していた。
道路の路肩に千尋先輩の車が停まってた。
「あ、の…俺、千尋先輩、待ってくれてる、ので…」
「ん?ああ。じゃ明日な」
「はい。お疲れ様でした!」
岳斗は頭を深く下げ、そして千尋先輩の車まで走って行った。
「千尋先輩っ!ごめんなさい!待たせてっ」
助手席に乗り込みながら岳斗が慌てて言った。
「…いや、別にいい」
サングラスをかけて運転席で横になってた千尋先輩が起き上がるとウィンカーをあげてすぐに車を発進させる。
………確かに機嫌悪いかも…。
なんか車の中の空気が重い。
岳斗もしゅんとしてしまう。
一緒にいられて嬉しいのに…。
そしてどうしても岳斗は新人クンに劣等感を覚えてしまい、そこでまたも凹んでしまうと車の中はしんとしてしまう。
「…どっかで飯食ってから帰るか?」
「…ううん。ウチ帰る…。俺用意するからいいよ…?」
だって外じゃ落ち着けないから。千尋先輩をずっと見られないから…。
千尋先輩に関係ある仕事で一緒に出来れば、と簡単に思っていたけれど、現実を突きつけられて寂しい。
それに仕事が絡むと千尋先輩をずっと見ていられないのが辛い。
ああ、でも今日は見られなくてよかったかも。エール・ダンジュや他の人の助っ人で千尋先輩がベースを弾いている時は何とも思わなかったけれど、岳斗と間違われる位似てると言われる新人クンの隣に立つ千尋先輩を見たくなかった。
まるで正解はあっちで、岳斗は間違っているんだと言われているようで…。
「…帰りたい…」
帰れば千尋先輩は岳斗だけのものだ。
ぽつんと岳斗が言えば千尋先輩の手が伸びてきて岳斗の頭を撫でた。
帰ればこの手も全部、千尋先輩は岳斗だけのものだ。
目が潤みそうになってくる。
なんでこんなに自分は弱いのだろう…。
岳斗がこんな風になるのは千尋先輩にだけだ。
いくら仕事で遠藤さんに怒られたって何したって泣く事なんてないのに、千尋先輩の事だけはダメだ。
一回へこたれたらだんだんと涙が溜まってくる。
それでも頑張ってマンションまで我慢した。
マンションの地下駐車場からエレベーターで部屋のある階まで昇って、ドアを閉めた途端にもう我慢出来なくてぼたぼたと涙が落ちてきた。
「岳斗?」
なんで千尋先輩は一緒にいてくれるかな?
ああいう風に本当は隣に立っていたい、という理想が岳斗を打ちのめした様に思えた。
「ち、ひろ…せ…ぱい…」
うく、っと岳斗は声が漏れてくる。
仕事だ、と千尋先輩に注意されて、よく分かっているけれど、でも岳斗は千尋先輩が見たいのに…。
「どうした…?」
千尋先輩の戸惑った声に岳斗は首を振った。
なんでもない…。こんなのただの岳斗の僻みなんだ。
欲張りになっているから。もっともっとって思ってしまうから。
でも、だって、…岳斗は千尋先輩の隣にいたい。
家にいる時だけだ実感出来るのは。
外に出れば千尋先輩はエール・ダンジュの千尋で誰よりもカッコよくて…。
…俺が手を伸ばしてもいい…?
そっと千尋先輩に両手を伸ばすと千尋先輩はすぐに岳斗を抱きしめてくれた。
千尋先輩の胸には片翼の天使の翼。指には岳斗のリングが変わらずある。
岳斗の胸にも変わらず千尋先輩のしていた十字架と片翼の片割れ。
岳斗の指輪はプライヴェートの時にしかしないけれど。
増えていく宝物。減ることなく増えていく想い。
大好きなんだ…。
岳斗は何もないけど。出来ないけど。
「ちひろ…せ、ぱ…」
千尋先輩の腕が岳斗が苦しいと思う位ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
テーマ : 自作BL小説
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