見ていたいのに…。
仕事じゃそうはいかない。
千尋先輩にも仕事だって言われたのに…。
きちんと出来ない自分。皆にも言われたちょっと残念な岳斗。
「…千尋先輩も…似てるって、…思う?」
「は?何が?」
しばらく玄関で千尋先輩にしがみついて泣くのが落ち着いた頃聞いてみた。
「皆…似てるって」
「ああ、真人?似てねぇだろ」
「……だって皆似てるって…」
「似てない」
きっぱりと千尋先輩が言い切った。
「他の奴ならそう思うかもしれないが…岳斗は岳斗だ。俺が間違える事は絶対ない」
どうして千尋先輩はそんな事言ってくれるのかなぁ?また治まった涙が溢れそうになる。
「………俺、ちょっと残念なんだって…」
「残念?」
「俺を可愛くして綺麗にして垢抜けたらああなるって…。…俺、ああいう顔だったら千尋先輩の隣に立っていい…?」
千尋先輩が眉間に深く皺を刻んだ。
「なんだ?それは?」
「だって…俺…千尋先輩に言われた通りに…浮かれて、仕事もちゃんと出来なくて…ダメだな…って…ちゃんとしよ、とおも…たのに…」
こんなんなってるし…。
ぐずぐずとまた泣けてくる。
「俺が言った…?」
「仕事場って…。…俺…千尋先輩…見られないよ…」
「ダメだ」
…え?
「岳斗は俺を見ていればいいんだ」
「だって…そしたら、俺仕事出来ないんだもん!仕事なんないんだもん!それに……今日のは…見るのやだった、んだもん…」
千尋先輩の仄かな煙草の匂い。
大好きだ。
ぎゅっと千尋先輩の首に抱きつく。
千尋先輩が欲しい。
「俺…欲張り……で、我儘…」
「お前がじゃねぇよ…。俺が、だ。まったくもってお前が見てないとダメになる…。今日の…分かっただろ?」
「?」
「岳斗が全然見ねぇから…イライラして…お前が見ていないと俺は全然音楽が出来なくなる」
「…え?」
今日の…、音…いつもと違ったの、千尋先輩の機嫌悪かった、のって…?
涙の浮かんだままの目で千尋先輩を見上げた。
「ちひろ、せん、ぱい…?」
「お前が見てねぇとダメなんだ。前に言っただろ?お前がいなければ俺は生きていけねぇって。音楽も全部ダメになるんだ。…岳斗…」
千尋先輩が岳斗をぎゅっと抱きしめた。
「う、そ…」
「嘘じゃねぇ。…仕事場だって言ったのは俺は自分に言ったんだ。お前に言ったんじゃねぇんだよ…。でもダメだ…それだと俺は俺でなくなってしまうらしい。岳斗が見てるから音楽になるんだ」
「…俺…見、て…ない、とダメ…なの…?」
「ダメだろ?だって今日が始めてだろ?お前がいるのに俺を見ていなかったのは。結果があの音だ」
「…いつもと違う…っておも、てた…けど…俺の所為…?」
「岳斗の所為だ。お前が俺を見てないから!お前は俺を見てればいいんだ。俺だけ…。真人と似てる?どこが?お前が残念?なにふざけたことを!…ああ、でもその思われてた方がいいか…。お前を独り占めできる」
千尋先輩が岳斗に軽くキスする。
そして岳斗の首にさがった十字架と片翼の翼をTシャツから引き出すとそれをぎゅっと握り締めてみせた。
「岳斗は俺の半分なんだろ?」
「ぁ……」
「なんでも半分だって言っただろ」
「…ん…言った」
また涙が零れてくる。でも今度は嬉しくて、だ。
「誰が何言ったって俺には岳斗しかいない。岳斗しかいらない」
「俺、も…千尋先輩、だけ…なんだもん…」
荒々しいキス。
舌を貪られて絡められて千尋先輩の手がTシャツの下から肌を這ってくる。
「あ、あっ!」
「岳斗…俺を見ていろ…やっぱダメだ…お前がいないと…」
「だって…仕事、が…俺、千尋先輩見ちゃうと…ずっと目離せないんだ、もん…」
「目離さないで仕事しろ。俺だけ見てろ。他は見るな」
「…無理、だよぉ…」
無茶言う…。
キスしながら千尋先輩が支離滅裂な事を言う。
「ダメだ。俺を創ったのは岳斗なんだから責任取れ」
「つく…た?」
「そうだろ。プロになるべきって言ったのはお前だ。曲提供してベーシストって言ったのもお前。家のしがらみを開放したのも岳斗だ。俺がここでこうしているのは全部岳斗が創ってるんだ」
「そんな……?」
千尋先輩を創ってるのが自分…?
「曲が作れるのも岳斗がいるからだ。詞が出るのもお前を思ってだ。…全部岳斗が俺の中心にいるんだ」
千尋先輩が岳斗の身体を肩に担ぎ上げると寝室に向かっていった。
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