「最初レントゲンとか取るから、こっち」
初めての歯医者に桜は緊張してしまう。
いいけど、この痛いのを早くどうにかして欲しい。
「痛いの酷いだろうけどちょっと我慢してね?」
椅子に座らせられて鉛のベストをつけさせられる。
とりあえず待ち時間がない事はよかったかもしれないけど…。
レントゲンを取り終えると診察台に座った。
診察台が4台。
薬くさい。
なんかそれだけでくらくらしてきそうな気がする。
それに色々な機械やなんかが並んでて気が遠くなってきそうだ。
「レントゲンできるまでちょっと時間かかるから待ってて」
桜は青い顔でこくりと頷いた。
その間に先生が白衣を着て、コップを用意したり、なにかの道具を用意したり、かちゃかちゃと音がする。
そして桜の頭の中で歯医者の前を通る度に聞こえてきていた機械音が高々に鳴り響いた。
こえぇ…。
まだ直に聞いたわけじゃないのに、あの音が桜の頭に聞こえてきてどきどきとしてくる。
「桜?顔色悪いけどどうかしたのか?」
なんか呼び捨てにされてるけど、そんな事どうでもいい。
診察台に座る桜を覗き込むようにして若先生が聞いて来たのにその目の前の白衣を掴んだ。
「治療って痛い!?痛い!?」
「……痛いの今なんだろ?治療しなきゃもっと痛くなる」
さぁっと桜が青ざめる。
「………もしかして、歯医者嫌い?」
「嫌いっ!」
桜の即答に若先生が苦笑した。
「まぁ、歯医者嫌いな人は多いけど…。写真出来るまでちょっと口見せて?状態、カルテに書いてくから。…台倒すけど…」
大丈夫か?とその目が聞いていた。
よほど桜の顔色が悪いのか?
「まだ何もしないから。…口あけて」
ヴィーンと音がして診察台が倒れて行くのに掴んだままの白衣はそのまま。
こえぇよ……。
何されるんだろ…。
「大丈夫だから」
若先生が苦笑を浮べたままだ。
「そのまま掴んでてもいいから。はい、口開けて」
マスクをしているのでちょっと先生はくぐもった声だ。
恐る恐る桜は口を開く。
「ああ…痛いトコは完璧虫歯だね…でも大きいのはこれだけだな…」
口を開けた桜の歯を見て、そしてカルテに何かを書き込んでいく、というのを繰り返す。
今はこれだけ?
とりあえず桜はほっとした。
それでも掴んだ白衣が離せない。
離したら痛い事されそうな気がして。
「はい、今はこれだけだから」
台が再び戻っていくと桜はほうっと息を吐き出した。
なんだ…なんてことないじゃん!
…と思ったのに!
麻酔はされるわ、ギュインギュイン音はなるわ、ぐりぐりと針みたいなのでほじくられるようにされるわ…桜は泣き叫ぶ状態になっていた。
「はい、今日はこれで終わりだ」
「今日は!?まだあんのっ!?」
うがいしていいよ、と言われて置かれたコップでうがいしてたら咽た。
「まだ。最低あと3回はあるな」
「まじでっ」
桜は涙目だ。
やっぱ歯医者ってこえ~所だ。
痛くなくなりさえすればあとバックレてもいいかな、と密かに桜は思った。
「ちゃんと治療しないと根っこが腐っていくぞ?」
そんな桜の考えを読んだのか、若先生がにやりと笑いながら言った。
もう治療が終わってるのでマスクを外していた。
「腐れる…?」
「ああ。歯茎の奥で膿んで今日よりもさらに痛い事になるぞ?」
マジで…?
ぞぞっと桜は悪寒が走りまた顔色が変わる。
「…ちゃんと来ます」
今日より痛いなんて耐えられない。
「痛み止め出しておくから。痛くなったら飲んで」
「痛くなんのっ?」
「う~ん…綺麗だったから大丈夫だとは思うけど。今は麻酔効いてるから切れる時に少しは痛むかもしれないけど」
でもずっと頭まで痛くなるような痛みだったのがそれはなくなっていた。
そういえば、本当は休みだったのにわざわざしてくれたんだ、と今更ながら我に返った。
「ええと…あの」
「ん?」
診察台からじっと若先生を見た。
初めて顔をちゃんと見た。
いや、見てはいたんだけど、痛くてそれどころじゃなかったから。
確かに母と撫子が言うとおりカッコイイ。
背高いし、ガタイがいい。目は切れ長で鼻も高くて、男らしい精悍な、といっていい顔。
桜がなりたいような男の代表、な感じだ。
おまけに歯医者なんてしてるくらいじゃ頭もいいんだろう。
「…ありがとうございました」
「…どういたしまして」
くくっと若先生が笑った。
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