「桜、次はだいたい1週間後だけど…」
そういや初めから名前呼びだ。撫子も母親も来た事あるからだろうけど。
若先生が予約表を広げながら聞いて来た。
「…いつでも大丈夫、デス。…いいけど…なんで俺、ってすぐ…?」
「ああ、お母さんと撫子ちゃんが桜ちゃんは可愛い、可愛いって誉めまくってたから。他の患者さんもそうだ、って言ってたし」
ぷっと桜を見て笑うのに桜はむっとした。
自分がカッコイイからって!
「じゃあ、今日が木曜だから…水曜日…は予約がいっぱいだな…金曜日でもいい?時間は5時半とか」
「ハイ」
「その前に今は仮封をしてあるけどとれたり、痛んだりしたらすぐ来て」
「…はい」
予約の日付と時間を書いた診察券を渡された。
院長 佐々木 理人 って書いてあった。
「りひと?」
「ん?ああ、そう」
ふぅん、名前までカッコイイ。
桜なんて桜なのに!
いや。別に桜が嫌いなんじゃないけど、男に桜ってつけるのどうよ?
母親に聞いた事あったけど、お腹にいる時ずっと女の子だと思ってたらしい。
4月予定日で女の子の名前ばっかり考えて、生まれたら男の子だったけど、桜が満開で、しかも可愛かったから~、とがっくりするような事を言われたのだった。
はぁ、と思わず溜息を吐き出して先生を見た。
自宅と病院がドア一つで繋がっていて、桜は今日は自宅の方から入ってきたけど。
そのままずっと診察台の上だった。
診察券を受け取って診察台から降りた。
「…ありがとうございました」
「あ、ちょっと待って…」
先生がじっと桜を見て考え込んだ。
「来週、やっぱり木曜日に来るかい?」
「え?」
だって診察休みだろ?
「いや…桜がいいならいいけど…」
歯切れ悪く先生が言うのに桜は首を傾げた。
「…泣きべそ、なんないか?」
かぁっと桜は真っ赤になった。
今日はずっと治療の間、半泣き状態で、騒いで、暴れて、白衣はぎっしり掴んで、と確かに今日の姿を近所の人に見られてたらかなり恥ずかしい。
いや、恥ずかしいを通り越して近所を歩けなくなるだろ!
「も、も、木曜日でっ!!」
勢いよく桜が答えると先生がふきだして笑った。
「で、でも…いい…です、か?」
「いいよ。ただし誰にも言わない事、な?」
こくこくと桜は頷いた。
先生、いい人だ!
「ありがとうございます」
「はい、お大事に。あ、来週もこっちに来て?」
「はい」
病院の方ではなく先生の自宅の玄関で挨拶し、桜は頷いた。
「もうそろそろ麻酔切れる頃だけど痛くない?」
「痛くはない…かな?…じんじんした感じはするけど」
「あんまりそっちで噛まないようにな」
「…怖くて噛めないよ」
ぼそりと小さく桜が言うとまた先生が笑う。
笑いすぎだろ。
「じゃあ、来週」
「はい。ありがとうございました。…助かった、デス」
「たすかっ…」
また笑い出した。
もういい。桜は頭を下げて歯医者さんを後にした。
ほんと、助かった、だ。
桜の心情にしたら。
あれほど怖かった歯医者も終わってしまえばなんだ、という気もしてくる。
してはくるけど、…。
「来週も痛い、のか…?麻酔すんの?」
すぐに桜に不安が襲ってきた。
今日のみたいな治療がまたあるとしたら桜に耐えられるだろうか?
やっぱどうしたって歯医者は好きになれそうにない。
自宅まですぐの距離を歩きながら眉間に皺が寄ってくる。
でも今はずっと痛かった痛みがなくなっている。
それを考えたらあの先生を信じるしかないだろう。
桜の見栄まで考えてくれてわざわざ休みの木曜日に、って言ってくれる位だし。
それでも行きたくはねぇよな、と一瞬思ってしまう。
思ったが、腐れてもっと痛くなる、と言われたのを思い出し、震えた。
絶対ちゃんと行こう…。
佐々木 理人先生、ね。
背、どん位かなぁ?
180は越してるよな…。
いいなぁ、と羨ましくなるけど、自分の顔で身長が180あってもそれは自分でも怖い気がする。
あの身体に桜の顔が乗っかってたらギャグだろう。
「桜ちゃん!歯医者行って来た?」
家に帰ってきて撫子が玄関まで出てきた。
「…行って来た」
「なんだ。わりと平気そう」
「……平気だ」
ホントは泣いて騒いできたけど。
「先生カッコイイでしょ!?」
「…まぁ」
撫子が顔を赤くしながらマスクしてる時に目がカッコイイとか。声がいい、とか色々言ってるのを桜は黙って聞いていた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学