それから1週間。
木曜日は歯医者に行く日だ。
行きたくねぇ、と桜がぼやくと黒田がバカにした様に笑う。
勿論、誰にも桜が治療の時に泣き叫んだ事なんて内緒だ。
行きたくねぇ、と思いながらも、腐れて痛く、の先生の言葉を思い出せば行くしかないだろう。
学校帰り、いつもの自宅への帰り道からちょっと入った所の公園の向かいに佐々木歯科クリニックがある。
桜は言われたとおりにその病院の方の入り口ではなく自宅の方の玄関に向かい、いいのかな?とちょっとどきどきしながらインターホンを鳴らした。
「お、ちゃんと来たな」
玄関に出てきた先生が桜を見て笑った。
相変わらずカッケェ。
桜の理想の男像といっていい位。
「入って」
桜は今日は治療で何をされるのかと、痛くはないかと今度はびくびくしながら中に入った。
すぐに家の中の廊下を真っ直ぐ歩いていって診察室の方に向かう。
「歯医者にかかったことは?」
「ない!…です」
「治療跡もないと思ってたけど…。う~~ん、一本惜しいな。そこまでひどくなる前にくればなぁ…」
残念そうに先生が呟いていたのに桜はだって歯医者に行くのヤだったから歯磨きは結構念入りにしてたんだもん!、と心の中で答える。
今はそれよりも、今日の治療が痛いかどうかが問題だ。
頭痛にまで及んでいた痛さはなくなったけど…。
「ね…今日の…って痛い?」
「う~~ん…痛くない人は痛くないけど…奥歯だからな…前歯よりは痛くない…かな」
痛いかもしんないんだ。
はぁ、と桜は溜息を吐き出した。
「そういえば1週間痛くなかったか?」
「あ、うん…大丈夫」
ドアを開けてもらって診療室へ。
ああ、やっぱりこの匂いのと機械とかの置かれた空間で桜は落ち着かなくなる。
普通の病院とか、注射とかは割と平気なのになんで歯医者だけダメかなぁ…?
それが自分でもよく分からない。
とにかく小さい頃から歯医者が怖くて仕方なかったんだ。
「どうぞ」
進められ、桜はスリッパを脱いで診察台に上がると大きく深呼吸した。
先生がくくっと笑いながら紙のエプロンをかけてくれる。
コップを用意して、からからと何か台をゴロゴロと引っ張ってきた。
その台には小さい細々したものが乗っている。
「じゃ、するよ?…診察台倒すぞ?」
透明なゴム手袋を手にはめながらの先生の言葉に桜はぎょっとした。
「え!も、もうっ!?」
「そう。この間はばい菌殺す薬を詰めてたんだけど、今日はそこを埋めて封をする。今日は麻酔もしなくていいから。この次来た時に歯を削って型を取って、次の週にその型を嵌めればおしまい。痛い事はもうないと思うから」
…痛い事ないならいいけど。
台が倒れていくだけで心臓がドキドキする。
覆いかぶさるようにして先生の顔が近づいてきた。
「はい、口開けて」
マスク越しの声に大人しく桜は口を開けた。
「仮に封をしてたの取るからちょっと響くよ?」
響くって何?
ガツっと歯に衝撃が来た。
「ああぅぅっ!」
思わずまた先生の白衣をぎゅむっと掴む。
「掴んでていいから」
くくとまた先生がマスクのしたで微かに笑ってる。
「もし万が一痛い時はそれ引っ張って」
桜の握ってる手を指差したのに桜は開いたままの口で小さくこくこくと頷く。
うめき声あげたり、白衣引っ張ったり、またも多分桜は普通の人がしないような態度だったに違いない。
でも先週よりは痛くないし、いくらか余裕が出来たのか、先週は半泣きでぎゅっと目を瞑りっぱなしだったのが、今週は開けていられた。
開けていたので目の前にある先生の顔をじっと見る。
マスクで顔の半分は見えないけれど、鼻がたけぇなぁ、とか目二重だとか、睫毛がけっこうあるんだとか、細かなとこまで見ちゃった。
じっと見てたらばちん、と先生と視線が合った。
「……そんなに見られると緊張するな」
くす、と目で余裕の笑みを見せるんだから絶対嘘だ。
悔しいが撫子の言うとおりにカッコイイ。
皆患者さんはきっとこうしてじっと見てるんだ。
じいっと桜は先生を凝視してた。
「参ったな…こんなにガン見されると本当にやりにくいんだけど?」
先生が苦笑しながらも桜の口の中で手を動かしている。
え?皆普通見てるんじゃないの?
そう聞きたかったけど口が開いてるので聞けない。
でも表情を読んだのか先生が続けた。
「普通は目閉じてるよ。まぁ、あとは普通はウチは患者さんの目にタオルかけるけど」
あ、そうなんだ…。
こんな見る人いないんだ。
だよな。すっげ近いし。
目の前に顔があるんだもん。
きっと女の人とか先生の顔目の前にあったら見惚れるよなぁ。
…羨ましい。
桜はぎゅっと掴んでた白衣に力を入れた。
「ん?痛い?」
違う、と桜は小さく顔を横に振った。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学