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桜誘う桜守 7

 歯医者3回目。
 診察台に座り、さすがに緊張が減ってきてる、とは思う。
 倒れそう、な感じはしなくなっていた。

 「顔色、普通になってきたな?初めての時は真っ青になってて驚いたけど」
 「……スミマセン」
 桜は倒れる診察台の上で思わず身体を縮こませた。
 自分でも高校生のくせに恥ずかしいとは思うけど、自分でコントロールできるわけじゃないので仕方ない。
 「今日は削って歯の型を取るから」
 削るって事はあの音が響くんだ…。
 桜が嫌そうな顔をすると先生がくすっと笑った。 
 そして桜の額をぽんと叩く。

 「今日は痛くはないから。ああ、もう痛いのはないぞ」
 「…ほんとに?」
 「ああ」
 口を押さえながら笑う先生の手を見た。
 でかい手。
 でもこの手が器用にピンセットとか細かな作業するんだ。
 桜の口の中で神経を使う作業をするんだ。

 痛くない、とはいってもやはりこの音はいただけない。
 口を開けて削られてる間中やっぱり不安でどうしても白衣を掴んでしまう。
 何かを掴んで力を入れてないと我慢できそうにない。
 「あ゛あ゛あ゛……っ」
 「痛くはないだろう?」
 思わず声が漏れるのに先生が苦笑しているのだろう。マスクで見えないけれど、目が笑っている。
 痛くはない!でも音がっ!
 
 どうにか削るのが終われば今度は型を取るから、とぐにゃぐにゃしたのを噛ませられて、どうやらすぐに固まるらしいけど、先生が桜の顔を覗くようにして固まったかを確かめるのにまたじっと顔を見てしまう。

 だって、かっけぇ…。
 いいなぁ…、羨ましいなぁ、と思って見ていると先生の視線が桜の目を見たのに視線が合ってドキリ、と心臓がなった。
 意思の強そうな瞳だ。
 思わずじっと視線が絡んだけど、先生がすぐに視線を外して固まった型を桜の口から剥がす。

 「オ、ェ…」
 思わずえずくと先生がまた笑った。
 「うがいしていいよ。今日はこれでおしまいだから」
 おしまい、の言葉にひどく安堵してしまう。

 痛いのも酷いが、治療も酷い!

 歯医者に来なくていいならもう一生来たくはない、と思ってしまう。
 「来週、型とったのを入れておしまい。他に虫歯もないし、歯並びも綺麗だし、歯磨きもきちんとしてるみたいだしね」
 「え!来週で終わりっ!?」
 「ああ」
 やった!と思わず桜はガッツポーズが出てしまう。
 嬉々として診察台を降りると先生がまた笑った。
 なんか来る度ずっと笑われてるんだけど…。
 でも来週で終わりだしまぁいいや!
 
 「コーヒーでも飲んでく?」
 「え?」
 診察室から先生の家の廊下に入った時に先生がそう声をかけてきた。
 「高校生はコーヒーなんて飲むのか?」
 「飲むっ」
 いつも治療を終わってさようならだったんだけど。
 「今日はもう歯が痛いもないだろうからな」
 くくっとやっぱり笑ってる。
 いつも廊下を横切るだけだったのが、リビングに通された。

 「ちょっと待ってて?」
 先生がそう言ってキッチンに消えたので桜はちょこんとふわふわのソファに座って部屋を眺めた。
 多分、じいちゃん先生が住んでたのをそのまま使っているんだろうけど、建て替えしたばっかりだったので綺麗だ。
 病院も全部建て替えて、綺麗にして、何年だろう?そんな年数は経ってなかった気がする。

 ご近所の事は歯医者に来た事はなくても撫子と母親が話してるから自然に桜も知っている。
 リビングから仕切りがなくダイニングキッチンに繋がっているんだけど、そっちからガチャガチャンと派手な物音がしきた。

 コーヒー入れるだけなのに何してるんだ?

 桜はソファから立ち上がってそっちに向かった。
 「せんせ…?何してんの?」
 「え?コーヒー…」
 カップは用意してた。コーヒーも。それでなぜかコーヒーの粉が散らばってる。

 コーヒーメーカーに粉入れるだけなのに?

 見ればキッチンにはコンビニの弁当の空とかが置かれてた。
 「……せんせ、家事できない人?」
 「……………」
 無言の返事。
 「貸して」
 使った跡がないようなシンク。
 立派なキッチンなのに勿体無い。

 自分の家の食事当番の時だって桜はそこまで手の混んだものはわざわざ作らないけれど、普通にご飯の準備は出来る。
 コーヒー入れるのに迷う事だってない。
 ……もしかして先生って自分でコーヒーすら入れた事ないの?
 桜はささっとコーヒーをセットしてじっと先生を見上げた。
 「せんせ、何食べて生きてるの?」
 「弁当とか惣菜?」
 そりゃ店に行けばいくらでも売ってるけど。
 はぁ、と桜は溜息を吐き出した。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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