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桜誘う桜守 8

 今まで散々桜が笑われていたけど…。

 「せんせ、歳いくつ?」
 「29」
 「結婚…」
 「してねぇよっ」
 コーヒーがコポコポと音を出し、いい匂いが充満するキッチンでせんせと並んでコーヒーが出来上がるのを待った。
 「ご飯つくりに来てくれるような彼女も…」
 「いないな」
 せんせならいくらでもいそうなのに。
 「せんせ……」
 「なぁ?その先生、ってやめないか?俺、ここに来てからずっと誰にでも先生か若先生としか呼ばれてなくて。名前忘れそうだ…」
 「………理人、さん…?」
 「さん、って柄じゃないだろ。呼び捨てでいいよ」
 「理人…?」

 そんな歳が12も違う人を呼び捨て、って…。いくら桜でもそれはちょっと躊躇してしまう。

 「ああ、それでいい。ほんと参るよ…」
 確かに皆そうかも、と思ってしまう。
 撫子も母親も若先生って言ってたし。
 「どうせ来週で治療終わったらもう桜は歯医者来る気なんかナイんだろ?」
 「…来なくていいなら来たくない」
 桜が正直に答えるとまた先生が、いや、理人が笑った。
 「…呼び捨て、でホントにいい、の…?こんなガキに?」
 「いいよ。ダチも名前呼びだから。さん付けのほうがむず痒くなる」

 ふぅん…。
 気さくないい人なんだ?
 わざわざ休みの日に桜の治療までしてくれたし。

 「……冷蔵庫開けていい?」
 「?」
 桜が視界に入った大きい冷蔵庫を指差すと理人が不思議そうな顔をした。
 「なんも入ってないけど?」
 「何も!?」
 桜が冷蔵庫を開けたら、本当に何も入ってなくて、入ってたのはビールだけだった。
 「嘘だろ」
 本当に弁当と惣菜で暮らしているらしい。

 「…ちょっと戸棚とか見ていい?」
 理人が肩を竦めたのを見て、戸棚を開けて見ていくと、食器や調理器具は揃っている。
 「桜も知っているだろ?ここは祖父さんと祖母さんが暮らしてた。俺はそんなにしょっちゅう来たわけではなかったけど、祖母さんが先に亡くなって祖父さんも後を追うようにすぐに。残ってるのはほとんど祖父母のだ。キッチンの物は祖母さんが使ってたんだろ」
 「…俺、作ってやろうか?ほら、せん…理人、本当は休みなのに俺の為にわざわざ毎週病院開けて治療してくれたし。お礼」

 かなり桜的にそこは感謝している。
 もし治療の時の桜の姿を近所の人に見られたら絶対笑われたはず!

 「……お前出来るの?」
 「一応。ウチ食事作るの当番制なんだよね」
 「当番制!?」
 「そう。撫子もそれなりに出来るよ」
 へぇ、と理人が感心したように声を出した。
 「作ってやってもいいけど!食材が、野菜も何も、全然ない!乾物とかもないし!」
 「すまん」

 いや、別に謝らなくてもいいけど!
 「じゃあ、買い物行くか。手作りなんてここ来てから食ってない」
 「…近所のおばちゃんとかくれたりしなかった?」
 「断ってたから。一人から受け取ったら凄いことになりそうだったからな…」
 理人が苦笑して言ったのに桜は思わず納得してしまう。
 絶対皆競って持ってきそうな気がする!
 
 じいちゃん先生亡くなったのっていつだっけ?
 半年は過ぎてるはずだけど…。
 その後にここに理人が来たのだろうけど、1ヶ月やそこらじゃないはず。
 その間ずっと弁当とか惣菜?
 …桜にはきっと飽きて無理だ。

 「よし。じゃあコーヒー飲んだら買い物!……いいけど、その食事当番、今日は?」
 「撫子だから別に俺は遅くなってもいい。理人…食いたいのってある?」
 「いや、なんでもいい。好き嫌いもないし。桜が出来るので」

 なんだろう?
 なにがいいかな?

 「生姜焼き、…とか、でいい?」
 弁当にだってあるか?
 「なんでも」
 理人が嬉しそうに笑った。
 
 出来たコーヒーを飲んで、その後一緒にスーパーに向かった。
 なんでこんな事言ってしまったのか、とちょっと後悔しないでもない。
 でも母親に、受けた恩義はちゃんと自分で返せ!と教えられてて、その声が頭に聞こえてくる。

 そう、恩義を返す為。
 だってマジで歯医者が怖くて泣いて叫んだトコなんか近所のばあちゃん、おばちゃん達に見られたら笑われるに決まってる。

 「……」
 隣を並んで歩く理人を桜はそっと見上げた。
 休みだからか理人はジーンズだけど。これきっと裾カットしなくていいんだろうな…とか、肩のラインが桜と段違いだ、とか。
 羨ましい所ばっかり見える。
 「理人って身長いくつ?」
 「え?ああ。185」
 180超え…。桜とは20センチ以上も違うんだ…。
 はぁ、と桜が溜息を吐き出した。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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