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桜誘う桜守 10

 料理を理人に作ってやって、1週間が経った。
 やっと木曜日だ。

 一回だけ学校の帰りにちょっと公園側から歯医者の中を覗き込んだ事があった。
 気になって気になって。
 でも理人は桜にするのと同じように患者さんに顔を近づけて治療中で、病院を覗き込んでいた桜に理人も気づかなかったし、すぐに足早にそこから去った。

 いつも桜が来るときはしんとした診察室だけれど、診察台は全部人が座ってた。
 予約がいっぱいだ、とかそういえば言ってた、と思い出し、忙しそうなのに料理がどうだったなんかどうでもいい事で、桜はその一回だけであとは頑なに歯医者には足を向けなかった。
 メールとか知ってればどうだった?とか聞けるのに、とも思ってしまったけど。
 人に作ってあげたのが初めてだから凄く気になるんだ。

 木曜日。桜は授業が終わっていそいそと帰りの用意をした。
 「なに?桜?なんかいい事でもあんの?」
 「え?別に。今から歯医者だけど?」
 「…歯医者?あんなに嫌だ嫌だ言ってたのに、そんな嬉しそうに?」
 黒田が呆れた様に桜を見ていた。
 「嬉しそう?全然嬉しくないけど?」
 「そお?なんか鼻歌でも聴けそうなくらいご機嫌に見えたけど」
 「まぁ、今日で歯医者終わりだし!」
 なるほど、と黒田が納得していた。
 「じゃあな」
 桜は黒田に手を振って教室を飛び出す。

 何か言ってくれるだろうか…?
 それが気がかりだった。
 いや、美味しくなかったらなんも言わないか…。
 ちょっとドキドキしてきた。
 自分ではけっこうイケルと思うんだけど。
 自信あるから生姜焼きにしたんだけど。
 …どうかなぁ?
 気になるのは理人の評価ばかりだ。

 「こんにちは」
 インターホンを鳴らすと理人が出てきた。
 「桜、この間はご馳走さん!マジで美味かった!」
 桜の顔を見て一番に理人がそう言ってくれたのに桜は思わずにっと笑みが浮かんだ。
 「よかった!どうかな、ってずっと思ってたんだけど」
 「ホント!驚く位美味かった!…弁当のなんかもう食えないぞ?」
 理人が苦笑する。
 「いいよ。また作ってやる!」
 褒められれば悪い気はしない。
 「本当に?」
 こくっと桜が頷けば理人も笑顔を見せた。

 「いい嫁になるな」
 「男だし!!!」
 勿論、理人は分かって言ってるんだけど。
 「さ、最後の治療だ。おいで」
 「うん…」
 靴を玄関に脱いで理人の家を横断して診察室へ。
 
 今日は本当に型を取ったものを歯に被せただけ。
 削ったりとかはほとんど銀歯の方ですぐに終わってしまう。
 「なんか…変な感じ」
 被せた所を舌で撫でるけど口の中に違和感がする。
 「すぐ慣れるから」
 理人が苦笑していた。
 「勿体無いけどなぁ…。他の歯が皆綺麗なのに」
 「…そう?」
 「ああ」
 カルテを書き込みながら理人が褒めてくれる。

 なんか理人に誉められるのが嬉しいかも。
 いっつも桜が言われる誉め言葉は可愛いばっかで、それは桜の中では誉めるに分類されていないから、料理が美味かった、とかそっちのほうが余計に嬉しく感じてしまう。

 そういえば先週玉ねぎとか袋で買ったからあるはず。
 ……使ってる…、はずない、かな…?

 桜はじっと診察台から振り返って理人を見た。
 「なんだ?」
 桜の視線に気づいた理人と目が合う。
 「いや…玉ねぎ、先週袋で買ったけど…使った?」
 「使うわけないな」
 やっぱり。…だよね。
 「…何も使ってない?」
 生姜も残ってたはず。あと何残ってたっけ?あ、ジャガイモも人参もだ。

 「使ってない。料理の余った分次の日にちゃんといただいたぞ?美味かった」
 よほどご満足だったらしく、顔はどうみても愛想で言っている風には見えない。
 「…今日、もなんか作る…?いや…理人、がよければ、だけど…」
 桜がおずおずと尋ねると理人は目を輝かせた。
 「いいのか?俺はそりゃもう!作ってもらえるなら!う~~ん、毎日通いで来て欲しい位だ」

 …まだ生姜焼きしか作ってないのに。
 そしてまた、自分から作ってやる、なんて言ってしまった。

 別に桜は料理するのが嫌いなわけじゃないけれど、だからって好きなわけでもない。黙ってご飯が出てくるならそれにこした事はないんだ。
 ただ働く母親がいくらかでも楽になればと思って始めた事。
 撫子もそれに加わって、それで当番制にいつの間にかなってたのだ。
 家ではただそれだけだったのに…。
 人からおいしいと誉められたらこんなに嬉しいもんなんだ、と桜はかなり上機嫌になってしまって、いい気になってしまいそうな感じだ。
 
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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