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桜誘う桜守 12

 公園のブランコで頬を押さえて泣き出しそうな子に声をかけるのに理人はかなり迷った。
 遠目で制服から男の子だと思ったのに近づくと女の子みたいだったから。
 でも骨格から華奢でも男の子だよな、と思って声をかけた、
 まさか歯が痛くて泣きそうになってたとは思わなかったけれど。

 顔を見たら歯医者に来るすぐ近所の草刈さんとこの子だとすぐに気付いた。お母さんも可愛い感じで撫子ちゃんも美少女だと思っていたのだが、上の子がもっと可愛いんだと聞いていた。
 その二人にとても似てて、さらに本当に可愛い顔。
 それで男の子って…。
 肌が透き通るように白くて、頬と唇が桜色。名前が桜だから?と思ったが、保険証に書いてあった誕生日が4月9日で桜が咲いていたのだろうと予想する。
 見た目はホント女の子。しかも飛び切りの可愛い女の子だけど、口調はまるきり男の子だ…。
 そりゃ男の子なんだから当然だろうけど。
 
 くくっと理人は思い出し笑いをしてしまう。
 一番初めなんて倒れるんじゃないか、と思う位真っ青な顔色になってかなり焦った。麻酔に騒ぐし、歯を削るのに暴れるし、半泣き状態になるし、それで理人の白衣を白い手がさらに白くなる位ぎっしり掴んで我慢して。
 小さい子なら分かるけど、高校生でアレ。
 オトコノコだし、あれをここのご近所で見られたら本人はかなり恥ずかしいだろうと思って午後休診の日に仕方なくわざわざ開けて治療してやったが。
 その礼にとまさか飯作ってくれるとは思ってもみなかった。
 治療が長引かなさそうだから休診の日でもまぁ、いいか、と思ってしてあげてたけど、ご飯がついてくるとなると惜しくなってくる。
 何しろもう弁当も惣菜もカップ麺も食い尽くしてる。

 その桜の治療が終わってしまってちょっと残念な気がする。
 名前で呼んでいい、と言ったのも桜にだけで、ここ最近は自分の名前なんて本当に聞いてなかったから。
 別に先生、でもいいはいいんだけど。
 桜には名前でいい、と自分から言っていた。
 家に入れたからか?
 なんとなく普通の患者さんより近い感じがしたのは確かだ。

 でも治療が終わって、歯医者の嫌いな桜はきっともう寄り付きもしないだろうと思う。
 何しろ音を聞いただけでも顔を歪めるんだ。
 どれだけ歯医者が嫌われているんだか。
 ぷっ、とまた笑いが漏れてしまう。
 歯医者をしている理人に取り繕う事もしないで可愛い顔を歪ませて歯医者が嫌いだ、とはっきり言う…。
 そこにはちょっとがっくりきてしまうが。
 まぁ、歯医者を好きっていう人はほとんどいないだろうけど、桜みたいに極端な子はいないだろう。
 今時、幼稚園の子だってあそこまでひどくない、と思う。
 
 カレーのいい匂いがキッチンから部屋に広がっている。
 理人好みの辛いカレーだ。
 先週の生姜焼きも美味い、と思わず唸ってしまった。
 「女子力高いな…」
 そんな事言ったら桜に睨まれそうだけれど。

 制服のままだったからエプロンをと思って、確か使ってない綺麗なやつは祖父母の遺品整理の時に取っておいたはずと探しに行ったら桜色のがあって思わずそれを桜に手渡していた。
 …睨まれたけど。

 いい子だ、と思う。
 家での料理も働くお母さんのためにと言ってたし、わざわざ理人の為だけに作って自分は帰っていくんだ。
 「残念…」
 ちょっと桜が来るのが楽しみになっていたのに来週から来ないんだと思えばどうしてもそう思えてしまう。
 別にご飯の用意がしてもらえないのが残念というのではないけれど。
 ここで歯医者をするようになってからは常に先生、と呼ばれる立場で上辺を取り繕っていたんだ。
 それが桜は家に入れた事によってきっと理人の内側にいつの間にか入っていたのだろう。

 近所なんだからいつでも会おうと思えば会えるが。
 …なにしろ桜は近づきもしないだろうな、と理人は苦笑する。
 カレーのいい匂いに我慢出来なくなって、理人は桜がセットしていった炊飯器をあけてご飯をよそう。
 ポテサラまで作っていってくれて。
 やっぱ売ってるのと違っておいしい、と思ってしまう。
 理人の好きな味だ。
 男の子であの顔でこの料理…。
 女の子だったらかなりハイレベルだ。
 それにしたって歳が12も違ってまだ高校生じゃどうしても理人の対象外になってしまうけど。

 しかしあれで彼女なんて出来るのか?と思わず余計な心配をしてしまった。
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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