やっぱりそうなんだ、と思えばちょっとすっきりした。
電話を切った後は洗濯機を回したり、掃除機をかけたり、とどこの主婦だよ、と思う位忙しく桜は動いた。
朝から桜の好きじゃない音が聞こえてくるけど、それがあまり苦じゃない。
理人が隣にいるって事だ。
嫌いな音までそんな風に取れるようになるとは思ってもなかった。
だって絶対歯医者なんて近づきもしなかったんだから。
なんで歯医者が、この音がこんなに嫌いになったんだろう?
歯医者には本当に今まで行った事がないのに…?
そういや、ここの公園も近いのにあんまり来なかった。
幼稚園の時とかは来てたはずだけど…。
そういえば父親が亡くなった頃を境にあんまり外に遊びに行かなくなった気はする。
そのせいか?
ま、いいや。
小さい頃の事なんてあんまり覚えていないから。
それよりもお昼の用意!
桜は残ったハンバーグのタネにトマト缶を足して煮込んでミートソースを作った。
「美味い~」
診療を終えた理人が満足そうなのに桜も満足する。
帰ってきて顔を見られれば嬉しくなってしまう。
撫子には思わず売り言葉に買い言葉でカミングアウトしたけれど、もしかして撫子が理人を好きだ、と言ったのが面白くなかったのも、もう好きだったから、なのだろうか…?
理人をちょうだいと言われたのにかなり腹が立った。
あれは腹が立ったんじゃなくて…もしかして…?
向かいで座ってぱくぱくとおいしそうに食べている理人を見れば桜は満足だ。
どうしてもちらちらと顔を見てしまう。
だってなんか…嬉しい、って思ってしまうから。
顔も熱いような気がする。
「桜」
「え?あ、な、何?」
真っ直ぐに理人が桜を見たので視線が交差した。
「あのな、ホント飯だけでいいから…」
困った様に理人が苦笑した顔をするのに桜は気持ちが沈んだ。
「…余計、な事…だね…」
確かに人の家で勝手にする事じゃないだろう、とは思う。桜は理人が喜んでくれればいい、と思ったのであって、迷惑と思われたくはない。
「いや、違う。だってほらお前は帰らなきゃないだろう?撫子ちゃん気にしてるだろう、絶対」
「…そうかな?清々してるんじゃない?今までも文句しか言われねぇし…。あ…理人が邪魔、って言うなら帰る」
「いやいや、俺はまじで助かるんだけど。だって仕事終わって美味いご飯が待ってるって今までねぇからなぁ…。いっつも土曜は外でだし。普通の日も終わってからとぼとぼスーパーや弁当屋行って。それ考えたら行かなくていいし、美味いしだから、マジ天国」
男は胃袋で掴め、なんて言うけど、それって作るほうが男でもアリかなぁ?と桜は密かに思ってしまう。
「……美味い?ほんと?お世辞じゃない?」
「ないよ」
理人が即答してくれたのに桜は嬉しくてつい顔が笑ってしまう。
撫子の事は気にならないっていえば正直嘘だけど…。
桜は成りはこんなだけど、それでも男だ。
父親の代わりにに母親と妹を守らなくては、という思いもある。
…その妹に出てけと言われたんだから仕方ないけど。
ずっとずるい、とか嫌だとか言われ続けて、さすがに自分で好きでこんな顔で生まれてきた訳ではないのにあの言われようには腹も立ってくる。
…撫子の事なんて知るか、と桜は自分がこんな風になりたかったという見本のような理人をじっと見た。
「ちょっとしたら出るぞ?」
「あ、うん。じゃ片付け済ませちゃうね」
見惚れそうになるのに慌てて桜は立ち上がって皿を片付けた。
「うわ!車もかっけ~!」
理人の車はデカイRV車だった!
いつも車庫はシャッターが閉まってて知らなかったけれど!
母親の車は軽だし、こんな車乗った事なくてちょっと桜は興奮してしまう。
「ほんとお前反応良くて楽しいなぁ」
あっち見たり後ろ回って見たりする桜に理人が笑ってた。
「ほら、乗れ」
理人が助手席のドアを開けてくれたのに桜は嬉々として乗り込んだ。
「うわ、視界が高い!」
「まぁ、車体はデカイけど乗りやすいぞ」
中に乗っても計器を見たりと桜がきょろきょろしてると理人がもうずっと笑っている。
「男の子だねぇ」
「………当たり前です」
「ま、そうだな」
理人がダッシュボードからサングラスを手に取ってかけたのにうわぁ、かっけぇ、とまた桜はどきっとしてしまった。
いいけど、男の子、ってのがどうしたって小さい子供のような言い方なのが気にかかってしまう。
…仕方ない、けど、さ……。
テーマ : BL小説
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