「どうした?」
「え?あ、ううん…なんでも、ないよ?」
しゅんと大人しくなった桜に理人が顔を向けてきたのにまた桜はどきっとしてしまう。
あ、やっぱ好き、かも…。
車で興奮したけど、狭い空間に二人でいると思うとドキドキしてくる。
デートみたいじゃないか、とか余計な事を考えてしまう。
そういや黒田にもそう言われたんだっけ。
盗み見るように何度も理人を見てしまう。
そんなこそこそは桜の気質には合わないはずなのだが、相手が男という所に桜だってまだ認めたくないという微妙な所があるのだ。
「ね、そういやプールっていくらかかるの?」
「ああ?いいよ気にするな。飯作ってもらってるのに、さらに高校生からなんていらねぇよ」
「え…でも」
スポーツクラブなんてとこに行った事のない桜に見当がつくはずない。
「いいから」
そう言われて理人の運転でスポーツクラブに連れて行かれ、結局桜は財布を出す事もなく、更衣室に連れて行かれ着替えを済ませた。
「…お前、細っこいけどやっぱ筋肉いくらかはあるんだな」
まじまじと理人に見られればなんとなく恥ずかしい気がする。
「色、白いなぁ…」
「焼けねぇんだもん!」
顔が熱いぞ!
そんな理人は桜が隣に立つのが嫌になるくらいな身体だ。
「理人…この腹筋なんだよっ!」
拳で腹を叩いてもふっと力を入れられれば全然びくともしない。
腹が!割れてるっ!
「歯医者の身体じゃねぇだろっ!」
ふふんと理人が得意そうに腕を組んだ。
「鍛えてるから」
「俺は鍛えたってそんな身体にはなんねぇんだよっ!」
柔道やってたのに全然いかつくなんねぇんだから!
桜が黒帯持ってると言ったって誰も信じてくれやしないんだから。
理人とじゃれながら体操してプールに入った。
「お前端のコースでゆっくり泳いでろ。後で教えてやるから」
「うん」
今はフリータイムなのか色々な人が浮かんでいたりウォーキングしたり、と上手な人が泳いでるだけじゃないのにちょっと桜は安心した。
理人はぴっちりした競泳用の水泳パンツで、いい身体で堂々と歩くのに、周りを眺めれば男は羨ましそうに、女は物欲しそうに、理人を見ている。
…そうだろうな、と桜も納得してしまう。
桜は端のコースにぼちゃんと入って理人を目でずっと追っていた。
ゴーグルをつけ、泳ぎ始めた理人は自分で教えると言っていた位なのが納得出来る綺麗な泳ぎだった。
なんであんなにすいすい進むんだ?
水飛沫なんかほとんど出ないのにぐんぐん進んでいく。
ここは広いプールであっという間に理人の姿が遠くなったので桜も泳いでみるが半分溺れかけみたいなもんだ。
ばたばたと手足を動かして派手な動きをしてるのにさっぱり進まない。
「……やっぱムカツク」
桜が泳いでいるのか溺れているのか分からない泳ぎ方でばたばたしていると理人がコースを変えて優雅に泳いで復路を帰ってきた。
桜がぱっと後ろを振り返り、進んだのが15メートル位?
ここは学校のプールよりでかいから25メートル以上あるだろう、それをもう理人は帰ってきたのだ。
「早っ!」
…同じ人とは思えない…。
すると理人はまた最初のコースに行ってまた泳ぎだす。
「どん位泳ぐんだぁ???」
半分溺れかけの桜には絶対無理な事だ。
他にも若い女の人とかもいるのに桜はずっと理人ばっかりを目で追っているのにはっと気付いて、見ないようにして桜はまた溺れかけの泳法でちまちまと進んでいく。
ぷはっと水を吐き出して桜が立ちあがるとすいすいと泳ぐ人が桜に近づいてきた。
「君、教えてあげようか?」
「いい。いらない」
「僕はここでインストラクターやってるんだ。君はここの会員じゃないだろう?初めて見る。こんなかわいい子だったら一度見たら覚えてるはずだし」
「……俺、男だけど?」
「分かってるよ?」
ニヤケ顔のいけ好かないヤローだ。
陸の上だったら手を伸ばしてきた時点で投げ飛ばしてやるのだが、水の中じゃ桜は自由が利かない。
やっぱプールとは相性が悪いんだ!絶対!
「遠慮しなくていいから。ほら」
「いらねぇって言ってんだろ!」
「だって君そのままじゃ本当に溺れちゃうよ?遠慮しなくていいから、ね?」
インストラクターと名乗った男が手を伸ばして桜の腕を掴んだ。
肌が触れたのにぞわっと悪寒が走る。
「触るなっ!」
「だから遠慮しなくていいのに」
桜が水の中では逃げようがないので男はにやにや顔のままだ。
後ろを向いたら危険だ、本能で察知していた。
ガタイもインストラクターしている位で桜と比べ物にはならない。
やべぇ…。
陸なら平気なのに…。
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