「桜っ」
早!さっき行ったばっかりだと思ったらもう戻ってきてすぐに理人がコースをくぐって桜の所まで来てくれたのに桜はほっとして、インストラクターの腕を振り払い、ばしゃばしゃと水をかき分け理人の方に近づいた。
…水の中じゃ全然自由がきかないんだけどっ!
「俺の連れがどうかしたか!?」
理人が桜の肩を掴んでくれたのにほっとした。
「え…あ、…いや、溺れそうだったから泳ぎ方教えてやろうと思って…」
「余計なお世話だ!去れ!」
理人が静かにでも低い声で脅しをかけるような声を発したのに桜は驚いた。
顔を見上げれば眉間に皺が寄って厳しい表情をしている。
…桜といる時は理人はいっつも笑ってばっかなのに。
チッとインストラクターが舌打ちして離れていったのに桜はほうっと溜息を吐き出した。
「桜、悪い」
「え?なにが?」
なんで理人が謝るんだ?
「お前を一人にするんじゃなかった」
「いや、別にいいけど?ただ、水ん中で俺が自由きかなかっただけだし。水ん中じゃなけりゃ全然大丈夫なんだけど。あんなのしょっちゅうだし」
「しょっちゅう……?」
「いや、しょっちゅうではないか。たまに?」
「たまにぃ?……一度や二度じゃない…?」
「まぁ。子供の頃から数え切れない」
はぁ、と理人が大きく溜息を吐き出し、そして桜をじっと見た。
「だよなぁ、黙ってればチョー美少女だ」
「ヤローだけど?」
むっとして桜が言い返す。
それはいいけど、理人の手がずっと桜の肩を掴んでいた。
肌が直に触れてるってのがなんか変な感じ、だ。
そういえばさっきのヤローに触られた時は悪寒しかしなかったのに、理人は全然平気だ。
……桜が何となく落ち着かないだけで。
「理人、いいよ?泳いできて。まだ泳ぎ足んないんでしょ?」
「もういい。桜、教えてやる。見てたけど……お前、酷いな!」
桜がむっと口をへの字にする。
すると桜の表情を見て理人がまた笑い出した。
ほら、理人は笑ってるのに…。
でも、さっきは違ったんだ。
桜を、守ってくれた…んだ…。
そんなの初めてされた事でかっと耳までなんか熱くなってきて、思わずそれを隠すためにぶくぶくと桜は水中に沈んだ。
「桜っ!?」
理人が慌てて桜の身体に手を伸ばしてきて桜を引き上げる。
「な、なにっ!?」
「なに、って…お前、急に沈んだから…」
「別になんでもないけど…?」
「なんだ、溺れたのかと思った」
「あのね、今話してたのに急に溺れるってなくない?」
「だから驚いたんだろ。あ~。もういい。ほら、教えてやるから」
「う、うん…」
こんな成りでも一応男。
家は父親を早くに亡くして母親と妹だけ。
見た目は女の子みたいな自覚はあるけれどそれでも男だ。
柔道もそれなりに実は強い。
…見た目は全然だけど。
母親と妹を父親の変わりに守らなくては、とずっと桜は勝手に背負い込んでいた。
だってお父さんにお母さんと撫子を守ってやれ、って言われたから。
あの時桜はまだ小さい子供だったけど、でも男と男の約束だと思う。
だからずっと自分が守らないと、と思っていた。
…自分の方が身の危険が多いと知ったのは小学校何年の時だったか。
でも桜は自分で自分も守れる。
だから平気、とずっと思ってたけれど…。
初めて理人に庇われて、嬉しかった。安心した。
これが理人以外だったらどうなのだろう?と疑問は湧くけれど。
自分は強い。
ずっと桜は自分にそう言い聞かせてきたんだ。
「ほら!腕伸ばせ」
理人が桜の腹を押さえながら形を見てくれる。
「足膝曲げない。ばたばたしすぎ」
「え~~この方進む気がする」
「気がするだけだろ。俺の見てただろ?ばたばたしてないだろうが」
「……そうですね」
いいけど、理人の手が桜の身体のあちこちを触るのに緊張してしまう。
……桜は緊張してるけど…理人は全然普通だ。
普通……。
「ケツあげるな」
ぺんと尻を軽く叩かれる。
あ……。
理人は普通に桜の事はやっぱ近所の高校生のヤローにしか見えないんだ。
いくら中学生でも高校生でも女の子にはケツを叩くなんてしないだろう。
男で、歳も離れててじゃ桜が理人の恋愛の対象になんてなるはずないのが当たり前だ…。
そうだよな…。
なんか急に浮かれていた桜の心が沈んできた。
それと一緒に身体も水の中に沈んでいこうとするのを理人の大きい手がしっかりと掴まえていてくれた。
テーマ : 自作BL小説
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