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桜誘う桜守 35

 撫子の友達も近所なので、一緒に理人の車に乗って先に送り届け、最後に撫子だ。
 「撫子ちゃん、今日、桜返すからね」
 理人がバックミラーで後部座席に座っている撫子を見ながら言った言葉に桜は複雑になった。
 自分で帰ると言ったものの本当は理人といたいと思ってしまうんだから仕方ない。

 その理人の言葉に対して撫子は何も言わない。
 撫子はどう思っているんだろう?
 理人を好きって言ったのは桜と同じような好きなのだろうか?
 桜はちらっと後ろを振り返って撫子を見るともう泣いてはいなかったけど、泣き出しそうな顔になっていて桜を睨んだ。
 「なによ?」
 「べっつにぃ」
 ふいと桜が前を向けば理人が桜を見てぷぷっと笑っている。
 「何?」
 「いいやぁ?」

 その理人のにやけた顔にえい、と桜はわき腹に軽く拳を入れる。
 「いてぇな」
 「痛くないくせに!」
 あの腹筋だぞ?
 「運転中に危ないだろ」
 「気をつけてね」
 にっと桜が笑えば理人もまたくっくっと笑ってた。
 やっぱりさっきと笑い顔が全然違う。

 「買い物はお母さんと一緒に行けよ?俺は理人の分作ったら帰る」
 家の前で撫子を下ろして桜が言えば撫子が俯きながら小さく分かった、と答えた。
 「ありがとうございました」
 理人に撫子が頭を下げて家の中にばたばたと入っていった。
 「理人、行こ!母親出てきたらうるさいから!話なげぇし!」
 理人の腕をぐいぐい引っ張って車に乗せた。
 「でも挨拶位…。ずっと桜借りっぱなしだし」
 「いいの!俺の方が迷惑かけてんだから!早く!早く!」
 「じゃ、送ってきた時にな」
 送って…?
 桜は自分の荷物持ったら一人で帰る気でいたけれどどうやら理人は送ってくれるつもりだったらしい。
 …またちょっと嬉しくなってしまう。
 
 そのまま買い物に行って理人の家に戻ってきた。
 「ラーメン食い損ねたな。…今度な?」
 「うん」
 今度もどこかに一緒に連れて行ってくれるんだ…。
 桜は買ってきた食材を片付けながら頷いた。
 乾麺の蕎麦を買ってきたのでそれを茹でて軽く食べた。

 「お兄ちゃん、えらいな」
 「うん?」
 理人が蕎麦を食べる手を休め、桜を見ながら優しい顔になってた。
 そして理人がわざわざ箸を置いて手を伸ばしてくると桜の頭を撫でた。
 「ちゃんと妹守って」
 「ぁ………」

 桜は動揺した。
 父から亡くなる寸前に言われた言葉を思い出してしまう。
 理人の言葉が父との約束をちゃんと守っているんだと、桜を認めてくれているように聞こえた。

 「……桜?」
 目が潤んできた。
 理人は桜が父とした約束なんて知らないのに、まるで知っているかのように桜を父の代わりに桜を誉めてくれる。
 桜は俯いて必死にこみ上げてこようとするものを我慢したけれど、我慢しきれずぱたっと雫が零れた。
 「桜?」

 どうした?と理人が慌てたように椅子から立ち上がると桜の座っている横に屈んで、桜の肩に手をかけながら顔を覗き込んだ。
 「…俺、お父さんいない、でしょ?」
 保険証を見れば母親の名前になってるはずだから理人は知っているだろう。理人が小さく頷く。

 「俺が小さい時に事故で死んでるんだけど…。そん時、俺一緒で…。桜は男の子だからお母さんと撫子を守ってやれ、って…言われて……男の約束…って……俺が…おも、って…」

 一回出てきた涙は涙腺が壊れたように止まらなくなってしまったらしい。
 言葉を吐き出し始めたら一緒に涙もぼたぼたと情けない位に零れてくる。
 「…桜…。……ちゃんと守ってやったな。えらいぞ」

 そんな事言われたらますます泣くのが止まんなくなってしまうじゃないか。
 そして理人が何を思ったのか、いや、きっと桜が大泣きして困ったからだろうけど、宥めるようにそっと桜の頭を胸に抱えて、桜の背中をトントンと叩いてくれた。
 昨日だけ、って言ったのに、これは理人からしてくれたんだからいいんだよな?
 桜は理人のTシャツを掴んで胸に縋った。
 自分の細い華奢な身体と違う。
 こんな事されちゃったらもっと好きになってしまうのに!
 でも離せない。
 だって理人からしてくれてんのに。

 「り、ひと…ぉ……」
 よしよしと理人が桜の背中を宥めてくれていた。
 「桜…妹守ったのはえらいけど、お前は自分も守んなきゃダメだ。俺は焦ったんだぞ?ホントに!あんなとこに飛び込んでいって!」
 「大丈夫だよ…」
 「大丈夫じゃない!もし、もっと人数いたら?二人だったからよかったけど。……心配だ」
 「……俺、いち、おう……柔道、黒帯、だし…」
 「そういう問題じゃない!」
 理人がそう言ってぎゅっと力をこめて桜を抱きしめたのに桜は心が苦しくなった。
 
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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