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桜誘う桜守 38

 どうせ家に帰っても何もすることないし。
 自分にそう言い訳して桜は理人の家の鍵を使ってそっと入った。
 隣からはキュインキュインと嫌な音が響いている。
 音を聞くだけでも嫌なはずなのに自分から来るんだから…。
 好きって偉大だ。
 今までは絶対歯医者に近づきもしなかったのに。

 コーヒーが好きらしい理人にコーヒーをセットする。
 カルテ書く時とか、家に戻ってきてからカルテをチェックする時もコーヒー入れて?とよく理人に頼まれていた。
 なんで歯医者の細かな事が出来るのに料理に関する事が壊滅的にダメなのかが分からない。
 コーヒーがコポコポと音を鳴らしていい匂いが漂ってくる。

 昨日は結局帰っても撫子とは話をしなかった。
 母親にも何で喧嘩なんかしたの?原因は?なんて聞かれたけどまさか理人を取り合って、とは言えなくて、やはり桜も黙っているしかなかった。
 そのまま自分の部屋に入ってそれっきり。
 あんなんだったら理人といた方がずっと楽しいのに…。

 コーヒーの落ちる音が止んで、隣からも嫌な音が止んでいた。
 携帯を出して理人にコーヒーいる?とメールする。
 するとちょっとして理人がドアを開けて戻ってきた。
 「桜、来てたのか?」
 「うん…」
 ダメだっかな?と思ったけど理人の顔が笑っていたのでダメではなかったらしい。
 「コーヒーいる!」
 「うん。だと思った」
 はい、とマグに入れて渡すと理人がありがとう、と受け取ってくれる。

 「桜、何時までいる?」
 「え?別に決めてないけど…。理人終わるまで待ってる」
 「んじゃ、ちゃんと勉強でもしとけ」
 「う~~~ん……そこまでしなくてもいいかなぁ」
 「ああん?お前頭いいのか?」
 「いや、普通」
 「じゃしろよ」
 ぴん、と桜に軽くでこピンして理人が診察室に戻って行った。
 …待ってていいんだ…。
 額を押さえながら桜ははにかんだ。 

 今日の分の理人のご飯の下ごしらえしてから仕方ないので教科書を広げた。
 買い物に行っていたし、色々と食材があって買い物に行かなくてもいい。冷蔵庫の中が普通になってるのに思わず笑ってしまう。
 だってビールしか入ってなかったのに。
 鍋でも包丁でもなんでも揃ってたのに食材や調味料がなかったんだけど、今は桜が使うものが揃っている。
 理人の家に自分の居場所があるような気がして嬉しいんだ。

 理人に言われたのでリビングのテーブルに教科書を並べて一応勉強。
 でも頭の中で考える事は理人の事ばっかりだ。
 ぼうっと考え込んで、はっとして教科書を見て、そしてまたぼうっとを繰り返す。
 「…ダメじゃん!」
 そう思ったって理人の事を考えてしまうんだ。


 「えらいな。真面目にちゃんと勉強してたんだ?」
 「え?あ!もう仕事終わり!?」
 ぼうっとしてたのがいつの間にかちゃんと勉強に集中してたらしい。
 理人の声にはっとして桜は教科書を片付けた。
 「今、用意する!」
 「慌てなくていいって。…というか、ホント飯の用意いいのに」
 「買いもの行かなくて、あるもので、だけど」
 「俺はなんでもありがたいけど。桜の美味いし」
 理人が当然と言わんばかりに言うのが嬉しい。 

 「……着替えてくる。あ、桜、エプロン。俺の部屋にあっただろ?勝手に持ってきていいからな?」
 1階は病院と繋がっているからリビングとダイニングキッチンとトイレ、お風呂だけだ。それでも十分広いけど。
 洗濯物干すのも二階だ。
 でも、勝手に部屋入っていい、って……。
 そりゃ、もう何度も入ってるし、一緒に寝てたけど…。
 理人が二階に行ってエプロンを持って戻ってくる。

 …制服が汚れるのが嫌だから一応借りる。
 桜がエプロンをつけるのに理人が満足そうに見てるのが意味分かんない。
 「…何?」
 「いや?桜に桜色が似合ってるなぁ、と」
 「…嬉しくないって言ってるでしょ。理人は着替え!」
 まだ白衣のままの理人に照れくさくて、そう叫ぶように言えば、苦笑しながらはいはいと理人が二階に上がって行く。
 嬉しくない、って言ったけど、理人の目が可愛いなぁ、と言ってるように感じた。
 可愛いは桜の中では誉められている部類じゃなかったはずなのに、やっぱり理人からそう見られれば嬉しいになってしまうんだ。
 「……用意、用意」
 ぺちっと頬っぺたを叩いてキッチンで忙しく桜が動き出した。
 

 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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