「り……」
桜ははっと目覚めて隣を確かめた。
理人がいない…。自分の部屋なんだから当たり前だけど。
なんだ、夢か、とほっとしたような残念なような気持ちになった。
「…いい夢だった…」
理人が好きだ、って言ってくれてキスしてくれた。
…しかも裸。
撫子にあんなコト言われたからだ!
桜は恥かしくなりながらも起き出した。
欲求不満か!?
…いや、そうだろうけど!
はぁ、と思わず朝から溜息が出てしまった。
「撫子にえっちでもなんでもすれば、って言われた…。ショックだ…。なんで撫子は男同士の知ってんのに俺しらねぇんだ?」
「……女の方が知ってるんじゃねぇ?」
「へ?そうなの?」
こそこそと黒田と顔をくっつけて話する。
「っていうか、なんで撫子ちゃんにそんな事言われるんだ?先生の事知ってんの?」
「あ……」
撫子と喧嘩した事は言ったけどその内容は黒田には言ってなかったんだった。
「ええと…撫子が理人好きだって言って、ちょうだいって言われたから俺やだって言って…そんで出てけ、だったんだよな…」
黒田が目を丸くした。
「何、お前、妹と男取り合って喧嘩なの?」
「う…。そん時は俺まだ理人好き、ってわけじゃ…」
「でもやだ、だったんだろ?」
「そう、だけど…」
「中学生の妹と男の取り合い…泥沼だ」
ぶっと黒田が笑ってる。
「でも、それこそ撫子ちゃんのは憧れる好きだろう?」
「そう?」
「いくらなんでもそうだろうよ。お前ん家お父さん早くに亡くしてるからファザコンの気あんじゃねぇの?」
「理人はお父さんじゃないぞ」
「当たり前だろうが。しかし…お前面白い事になってんなぁ…」
「…他人事だと思って!」
「他人事だもんよ」
そうだけど!
いつもこんな調子でつい黒田にはなんでも喋ってしまうから大体桜の事は把握されてしまうんだ。
「でも撫子ちゃんには認められたって事か」
「はい?」
「だろ?」
「………撫子に認められたって本人に認められてないんだから意味ねぇと思うけど」
「確かに!頑張って~!桜ちゃん」
「うるせぇ」
それから学校帰りに理人の家に寄るのが桜の日課になった。
鍵を使って入って、コーヒー入れて、メールすると理人がおかえり、と言いながらコーヒーを取りに来て、夜ご飯の用意をして理人に送られて帰る。
桜はドキドキしたり焦ったりと大変だけど、理人は平静。でも優しく楽しそうに笑ってくれて…。
そんな1週間だった。
そして金曜日、明日は土曜日でまたプールに連れて行ってくれるかな?とわくわくしながら桜は理人の家に向かった。
昨日の木曜日は理人が休みで会っていた時間が多くて幸せだったと顔をにやけさせながらコーヒーをセットする。
聞こえてくる機械の音も一緒。
これにも慣れたもんだ、と思いながらメールを入れて待っていると理人がやってきた。
「おかえり、桜」
「………理人?」
理人の顔色がよくない。
「ん?なんだ…?どうした…?」
桜は理人の高い位置にある頭に手を伸ばした。
「熱!」
「あ?」
「熱あるよ?」
それもけっこう高い。
「え?そうか?なんかぼうっとするかな、と思ったら。ああ、大丈夫だ」
じとりと桜が睨むと理人が笑いを漏らすけど息が苦しそうに見える。
「休め…」
「ない。このあとは今日は簡単な治療だけだから心配すんな」
本当に?と桜は訝しんだ。
「コーヒー飲んで頑張るさ」
じゃ、な?と理人が診察室に戻って行く。
理人は一人だから、もし夜具合がひどくなっても誰もいない…。
桜は理人の家を出た。
理人の家にもきっと氷枕とかはあるだろうけど、どこにあるか分からないのでそれを自分の家から持って、さらに着替えを持ち、まだ誰も帰ってきてなかったのでテーブルに理人が熱あるから泊まってくると手紙を書くとすぐに理人の家に戻る。
食欲はどうだろう?
うどんかおかゆか…。
さっぱりしたものの方がいいと思う。
本当に大丈夫だろうか?
撫子が何度も熱を出した事があるので動じはしないけれど。
それに理人は撫子よりきっと丈夫だろうし、体力もあるはずだ。
でもだからって心配なのは変わりない。
治療の為の桜の嫌いな音は相変わらず隣から普通に聞こえてくる。
桜は心配でそわそわと落ち着かない気持ちで理人の仕事が終わるのを待った。
いつもよりも時間が過ぎるのが長い気がする。
時計と睨めっこしながら理人が終わるのをまだかまだかと待っていれば、やがて音がしなくなったのに桜はほっとした。ちゃんと今日の分は終わったらしい。
診察室に続くドアの前で桜は理人が戻ってくるのをじっと待った。
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