理人の上に乗っかって、理人の胸に桜は顔を埋めていた。
理人だ…。
どうやら今は本当に理人以外誰もいないみたいだ。
今まで見てたのは夢?
…んなわけない。
「桜?どうした?」
理人の声が優しい。
「理人……やだ」
「だから何が?」
「………女の人…いた…」
「ああ?……ん?もしかして杏奈の事か?」
アンナ…?
桜は涙が浮かんでいる顔を上げて理人を見た。
そしてまた顔を歪める。
「ああ、もう!なんだってそんな……って。……………もしかしてお前、俺の女だと思ってんのか?」
「だ、…って……日曜日、いて…月曜日の朝も、いた…し……診察室にも…」
「あん?見たのか?」
桜はぎゅっと理人の服を掴んで顔を伏せた。
「なんだ、来ればよかったのに。桜の事待ってたんだぞ?ありゃ妹だ。妹いるって言っただろ?」
「………え…?」
妹?
ぱっと桜が顔を上げて理人を見た。
理人は苦笑しながら桜の涙を手で拭った。
「だって……似てない…」
「あのな、普通男と女の兄妹ってそんな似るもんじゃないだろ。似すぎてるお前んとこがおかしいんだ。さっき駅まで送っていったから帰ったけど」
…それで車なかった、の…?
妹…?
「…ホント、に…?」
「嘘言ってどうすんだよ」
桜は理人の首に腕を回して抱きついた。
「理人……好き……」
「ああっ…く…そ……っ!」
「?」
理人ががしがしと自分の頭をかいて、そして理人の腕が桜の身体をぐっと抱きしめた。
「!?」
思わず桜は弾かれたように顔を上げて理人を見た。
「り、ひと……?」
「気の迷いじゃねぇのか?」
「何が…?」
理人の顔が近くてどきどきする。
「好き……」
だってこんなに苦しい。
桜はずいと身体を理人に乗り上げてさらに腕を理人の首から解いて理人の頬を包んだ。
それでも理人の腕は桜の身体から離れていない。
「……桜が全然来ないから愛想つかされたのかと思った」
え?
理人が桜をじっと見つめながら呟いた。
雨の激しい音が聞こえてくるけど、そんなの全然気にならなかった。
「……まさか杏奈を見て勘違いしてたなんて」
「だってっ!」
妹いるのは聞いてたけど、来るって聞いてなかったし。
「誰も家に来ないって言ってただろ?」
「言ってたけど!………」
それなのに家に女の人いて苦しくなったのに。
「…ウチの鍵持ってるのお前だけだけど?」
さっきも、渡してくれた…。
それって…。
「理人……俺、持ってて、いい…の?」
「いいから渡してるんだろ。いつでも来ていいって言っただろ?」
「言った、けど…」
「なのに公園なんかでずぶ濡れになって!」
ぺんと額を軽く叩かれた。
「何したかと思って心配するだろうが」
心配…してくれる、の?
「だ、って…ずっと……理人から…メールも連絡もない…し…」
「そりゃお前もだろ。連絡しなくたって毎日来てたのに急に来なくなって…。ああ、嫌になったんだ、と思ったさ」
「なんないっ!……ずっと、ずっと…苦しかったっ…のにっ…!」
「ああ、悪かった」
よしよしと桜の頭を理人が撫でる。
「あいつが来るのが分かってたなら先に言ってたが、急にきやがったから」
「……俺、行っちゃ、いけない……って…鍵、返せって…言われる、…思って…」
「……言わねぇよ」
「…どして…?」
「どうしてだと思う?」
桜の涙はすでに引っ込んだけどどきどきは激しい。
だってなんか理人の声が目が甘く感じてしまう。
心はまだ苦しい。
でもあんなに苦く苦しく感じていた心が同じ苦しいでも今は全然違う。
「ど…して…?」
桜は理人の顔に吸い寄せられるように顔を近づけた。心臓の音が理人にも聞こえるんじゃないかと思う位にどきどきとうるさく鳴っている。
いい、の…?
キスしたい。
好き。
「り…ひ、と…」
重ねるだけの拙いキス。
3度目。
…と思ったら桜は頭を押さえられた。
「ん…ぅ……?」
そして理人の舌が桜の口腔をねじ開けてくる。
舌が吸われて絡められた。
「ぁ…」
くちゅといやらしい水音がしたのに身体が震える。
なんで…?
理人の舌が桜の歯列をなぞっていく。
理人が治療した歯も…。
「ゃ…」
「いやか?」
ちょっと唇を離して理人が囁き、聞いてくるのに桜は小さく首を振った。
「や、じゃない……も、っと…」
理人が欲しい。
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