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桜誘う桜守 53

 桜の家までの短い道を歩きながら母親に聞いた話を理人にした。
 「祖母さんのね…。だから桜の作ってくれたの美味いのかな?俺はしょっちゅうこっちに来てたわけでもなかったけど、それでも刷り込みされてるか?」
 「わかんないけど。…理人こっち来てたりしたんだ?」
 「小さい頃はわりと来てた。でもお前とじゃ年離れてるから会った事ないだろうな」
 …だよね。
 理人が13歳の頃に桜が0歳だ。

 「高校位までかなぁ」
 「そうなんだ?」
 「ああ。進学でどうしようかと悩んで逃げて来た事もあったな」
 「進学で?お父さんも歯医者でしょ?東京で」
 母親が確か言ってた、はず。
 「まぁな。祖父さんも歯医者、親父も歯医者。必然的に歯科医になるレールの上走らされてるようで嫌になった事あった。水泳でいいとこまでいってたからそっちに行こうか、とか思ったり、な」
 そうなんだ…。

 「……思い出した。そういや俺こっちに来てて歯医者なるの決めたんだった」
 「へぇ~」
 「公園で小さい女の子が泣いてて…。俺虫の居所悪くて…。あんまり悲しそうに泣いてるから声はかけたものの泣き止まなくて。そん時あの桜の嫌いな音聞こえてきたからそれで泣き止まないとあの音がする場所に連れてってやるって、泣き止まないとあの音が追いかけてくるぞって脅したんだ」
 「ひで~!………」

 ……ん?

 「そしたら真っ青な顔になって、さすがに悪い事した、と思って慌てて言い訳したんだけど。あれは歯医者さんの音で悪い所を治してるんだからって。焦った。ホント真っ青になって、桜みたい、…に……」
 がしっと桜は理人の服を掴んで理人と顔を付き合わせた。
 「もしかして……」
 「それ!俺!だ!…思い出した~~~!だから歯医者嫌いになったんだ!」
 「マジで…?」
 「マジ!あん時…俺、父親亡くしたばっかで…俺の所為だって…そんで家から飛び出してブランコ乗ってて…。声かけられて…怖くて怖くて…」

 じとりと桜は理人を睨んだ。
 「あれ…理人…?」
 「わり。そうみたい」
 理人が苦笑する。
 「あんまり真っ青になって…。言い訳した後もよほど音が怖かったのか、悪いとこ治すって痛い?痛い?って何回も聞かれて…。泣いたら連れてくって言ったのが効いたのか一所懸命涙堪えようとして…。痛くないから…って俺言ったんだけど」
 「嘘だ!って言ったんだ」
 「そう。で、俺がちゃんと痛くないようにしてあげるから大丈夫、って…」
 「…………」
 二人で顔を突き合わせ、そして笑った。

 「理人さいて~~~~!あん時俺5歳?6歳?だぞ!」
 「…桜か………女の子だったぞ?いや、今とかわんねぇ、か…確かに。可愛い子だな、とは思ったけど。マジで慌てたんだぞ?真っ青になって…。桜、全然変わってねぇんだ?」
 「それ!理人の所為なんだろが!」
 「そうだな。責任とらなきゃなぁ」
 理人と会ってた!小さい時に!
 「そうか…あれ、桜だったんだ…」
 理人も桜を懐かしいような目で見ていた。

 「俺、あれで…小さい子に大人気ねぇ自分に嫌気さして…。逃げてる自分にも嫌気さして…じゃあ、あの子が怖くないような歯科医になろうか、って…」
 理人が歯医者さんになったのは自分がきっかけ?
 「…俺、じゃあ…理人の前でしか泣いてない、んだ……」
 「え?」
 「言っただろ?小さい時、知らない人の前でって、それも理人だったんだから!その前までは家では泣いてたりしたけど…。あん時以降は誰の前でも泣いてねぇもん。……泣いちゃだめだって…ずっと思ってたから」
 「…それ、俺の所為か…」
 なんか、理人の仕事決めたのが自分で、自分の泣かない理由が理人で、って…。
 理人とこんなに自分が絡まっているなんて…。

 「どうしよう……?理人…俺、チョー嬉しいんだけど?」
 「うん?」
 「だって!理人と会った事もないと思ってたのに、こんな…」
 「……ああ」
 理人が桜の頭を抱え込んだ。
 「そうだな…。…そうか…桜だったんだ…。あん時はごめんな?怖かっただろ?」
 「チョー怖かったよ!…でもっ!いい、んだ。今がこう、なら」
 全部全部歯医者が怖かったのも、泣かないのも理人の所為。そして人前で泣いたのも理人だけだ。
 「ああ…。桜…誰の前でも泣くなよ?俺の前でだけならいいから」
 「んっ!」
 そして理人の腕が離れた。
 嬉しい…。あの時の知らない人が理人だったなんて!
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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