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桜誘う桜守 62

 「桜?」
 桜が寄りかかってきたと思ったら返事が返ってこなくて、顔を見たらテレビを見たまま眠ってしまったらしく、すぅすぅと寝息を漏らしているのにくすと笑って理人は桜を抱き上げた。
 ここの所ずっとこれだ。桜が眠くなるのを待って桜を運んでから理人も眠る。
 そうじゃないと、もしベッドで抱きつかれた日にゃあもう暴走を止められそうもない位だったから。

 華奢な身体だ。
 抱き上げさらにぐっと力をいれて桜を抱きしめた。
 腕の中に閉じ込めておきたい。
 どうしようもない位に可愛い。
 毎日生殺し状態で、理性を自制するのがキツイから、しきりに桜に帰るように言っても桜はそんなオトナの事情など察知しないのか意地を張った様に帰らないと言う。

 一緒にいたくないわけじゃないけれど…。

 コイツだって高校生の男子なら分かりそうだと思うんだけど、性欲が薄いのか全然事情を理解していない。
 「り、ひ…と…」
 階段を上っていたら桜が寝ぼけた声を上げた。
 「ああ。寝てていいぞ」
 「…ん」
 理人の声に桜が笑みを浮べて、安心したようにまたすぅと寝息をたてる。
 ……安心されて、いいのか悪いのか…。
 ベッドに桜を横にして頬を撫でた。
 ぐっすり眠っている桜は全然起きる気配がない。
 その桜色の可愛い唇に軽くキスした。
 「桜…頼むよホント…」
 無邪気で無防備な寝姿にがっくりしてしまう。

 「いってきまぁす」
 「いってらっしゃい」
 挨拶も日常になってしまっているのに笑ってしまいそうになる。
 まさか高校生の男の子と半同棲になってるなんて。
 桜を見送れば仕事で、いつもの日常だ。
 


 もうそろそろ桜の帰ってくる時間かと午後の治療の合間に時計を見た。
 院長室に入ってカルテを書き込む時に携帯を見れば桜からコーヒー入ってるとメールが来ていた。
 それに思わず顔が緩んでしまう。
 カルテを受付に渡してちょっと向こうに行ってくるから、と告げれば歯科助手達も心得たものだ。
 そりゃ毎日コーヒー持って戻ってくりゃいやでも分かる。

 「おかえり」
 「ただいま!今日暑いねっ」
 「7月だからな。すっかり真夏のようだな、もう」
 医院の方は空調を入れているからさほど感じなかったが学校から帰ってきたばかりの桜は汗ばんでいるようだ。
 …7月?今日は5日。………そうだ、今日は誕生日だった、とたった今理人は思い出した。
 30か…。
 にこにこ顔の桜の顔を見て溜息を吐き出したくなる。
 17と30…。

 「う~~~~~ん……」
 「ん?理人、どうしたの?」
 「いや」
 唸った理人に桜がきょとんと見上げてきた。
 「随分汗かいてるな。先にシャワーしてていいぞ?エアコンも入れていいぞ」
 「あ、うん。じゃご飯下準備したら浴びてくる!理人はあんま暑くなさそうだね?」
 「空調効いてるからな」
 コーヒーを受け取って診察室に向かうと桜がはにかみながらお仕事頑張ってね!と言ってくれるのにデレそうになってしまう顔を引き締めた。

 こういう所がホント可愛いんだ。
 桜の頬を思わず触れたくなってさらりと撫でてから診察室に戻る。
 キスしたいとこだけど、自分を宥めるのももう大変なのでやめておいた方が無難だ。
 いつもこの桜の言葉に頑張るか、と気合が入る。
 単純なもんだ、と自分でも苦笑してしまうが。


 最後の患者が帰り、消毒や掃除、レジの締めなど皆が帰りの準備の中、理人はカルテをまとめてざっと眺める。
 細かく見るのはリビングに持っていってからだが、人数など確認。
 毎日の変わりない作業だ。
 明日は土曜日だから桜をプールに連れて行って泳ぎの続きを教えないと。
 本当に桜は泳げるようになりたいらしく真面目に理人のいう事を聞いて挑戦している。
 おかげで一番初めの溺れかけよりずっとましになってきていた。
 運動神経もいいのだろう。

 あの顔と身体に似合わず柔道をやってたと言っていたが、またそのギャップが面白すぎる。
 撫子ちゃんを助けた時の桜を見れば納得はしたのだが、だからってそれで安心は出来ない。
 プールにいっても桜からなかなか離れられない。
 いつヤローに声をかけられるかとついはらはらしてしまう。
 過保護だ、と自分でも分かっているが、仕方ない。
 どうしたってもう桜に夢中だ、年甲斐もない自分にまた溜息が出そうになる。
 出来る事なら家に、自分の腕に閉じ込めておきたい所だが、まさかそんなわけにもいかない。

 困ったもんだ、と自分のもてあます感情に理人は苦笑した。
 いいかげん若くもないのにすっかり年若い恋人に翻弄されてるんだから。
 でもそれも悪くない、とも思ってしまうんだからすっかりもう桜が離せなくなっているんだ。
 離せないのに、帰れと言わなきゃない事情がオトナにはあるんだぞ、と言ってやりたいが…。

 ドア一つだけど家に帰るのがいつも楽しみだ。
 桜が可愛くお帰りなさいと出迎えてくれるんだから。
 数ヶ月も一人で寂しくスーパーの惣菜や弁当で過ごしていたのが遠い昔のようで、それがどんなに理人が楽しみにしてるかきっと桜は分かっていないのだろう。
 桜にはなるべく自分を出さないように、と理人は自分を取り繕っているのだから。
 独占欲の塊なんだと知られたらどう思われるか…。
 苦笑をもらしながら、理人は仕事を終え、皆が帰った誰もいなくなった診察室の電気を消し、桜の待つ自宅のドアを開けた。 

 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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