理人はカルテを見終えたのか、一まとめにし、終えるとソファに寝転がっている桜の横に座った。
桜は理人に擦り寄る。
理人もそんな桜の色素の薄い髪を撫でてくれた。
気持ちイイ…。
「お前の誕生日4月だろ?」
「うん」
「……何やればいいかな…?今から悩む…」
「そんな先の事っ!」
桜はぷっと笑った。
「じゃ、理人もリボンでいいよ」
「お前に食われるのか?食うの俺だから違うだろ」
「え?そういう問題?…………でも、ホント…なんもいらないよ?」
桜は表情を曇らせ苦痛な面持ちに一変させた。
「桜?」
その桜にすぐに理人が気付く。
「……俺の誕生日…父親の命日だから…」
「…………」
理人がそっと桜の頬を撫でる。
「事故で、って言っただろ?俺の誕生日プレゼント…一緒に買いに行ったんだ…その帰り……」
桜がふっと息を吐く。
寝転がったままで下から理人の顔をじっと見て淡々と話した。
理人もじっと桜を見てくれている。
そして手は優しく桜を宥めてくれるように頬を撫でてくれるのに理人の体温を確かめる様に桜は手を重ねた。
「その日も桜…綺麗だった。俺、生まれた時も桜満開で綺麗だったって!でもその日………浮かれた俺を庇って……」
言葉が詰まる。
「…その場でお父さんに撫子ちゃんとお母さんを守れ、って…?」
理人が囁くような小さな声で桜に確認した。
「そう。………血がいっぱい出てた…。でもにっこり笑って…桜が無事でよかった…って…。約束だぞ、って………。こんなん誰にも言った事ねぇんだよ?撫子にも母親にも…言ってねぇ…」
目が潤んでくる。本当に誰にも言った事ない。これは父親との男の約束で誰かに話す内容じゃないから。
でも理人になら言ってもいいよな?
だってこんなん話したら泣きたくなるに決まってる。理人の前でなら泣いていいんだから。
理人が桜の身体を抱き起こして膝の上に向かい合わせで抱き、背中をとんとんと叩く。
「……なんだよ、コレ?小さい子供みたいなんだけど!」
そう言いながらも桜は理人の胸に顔をつけた。その桜を理人が優しく抱きしめてくれる。
「ずっと桜はそれを一人で背負い込んでたんだな…。男だからって」
理人の静かな声が桜の耳に響いてくる。
「俺はお前を女扱いはしねぇよ?心配は別!それは男女関係ないから。桜が大事だから心配するんだ。桜……お前はお母さんと撫子ちゃんを守るんだ。その桜を俺が守ってやるから」
ぶわっと桜の双眸から涙があふれてきた。
「な、なんで…そんな事言うんだよっ!…俺泣かない…のにっ」
「俺の前でだけ桜は泣けるんだろ?…俺の前でなら桜は気を張んなくていい。安心していい。寄りかかっていい。全部委ねていいから…」
「ば…ばかっ!」
「ばかぁ?」
「だ、だって…そんなん…言われたら…」
泣くの止まんなくなる!我慢してんのに!
「いいんだ。桜…小さい頃からずっとそうやってきたんだろ?俺の前では休んでいいから」
桜は理人の首にしがみついて身体を震わせた。
「公園で…泣いてたての…次の日…だ…。理人に言われて…泣くの、我慢した…」
「…うん。えらいな。男の子なんだから滅多やたら泣くな。桜が泣いていいのは俺の前だけ、な?」
こくこくと何回も桜が頷く。
理人の手がよしよしと桜の背を、頭をずっと宥めるように撫でてくれる。
「ちゃんと責任取るから」
「せき、にん…?」
「そ。桜の涙係だからな」
ずっと、一緒にいてくれるって、事か…?
「桜は俺の胃袋係な?」
「なんだ、それ?」
ぶふっと桜が笑った。
「だってもう桜の飯が美味くて弁当とか食えねぇぞ?」
「いいよっ。俺、理人の胃袋係!」
ただのしんみりじゃない話にしてくれる理人に感謝する。
毎年桜は自分の誕生日がくるのが嫌だった。
「…理人…来年…俺の誕生日に一緒にお墓参り行って?」
「ああ、勿論。墓前でお父さんに挨拶しないとな」
「…うん」
理人と一緒なら…いつもと違うかもしれない。
母親だって撫子だって何も言わない。
撫子は小さかったから全然覚えていないだろうけど、母親も何も言わなかった。言ったのは父と同じく桜が無事でよかった、だけだった。
再婚もしないで桜と撫子を育ててくれた位に母は父を愛していたんだと思う。
今でも一人で仏壇の前に座っている時がある位だ。
「理人ぉ…」
「はいはい。俺の前でなら甘えても泣いても何したっていいから」
「ん!」
ぎゅっとしがみつけば理人の腕が桜を守るように抱きしめてくれる。
こんな安心した気持ちは桜は初めてだった。
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