土曜日はその後ただべたべたと理人に甘えた時間を過ごし、日曜日の午前中は理人の車でちょっと遠い大きなスーパーに買い物に行った。
帰ってきてご飯を作って、家に帰る準備。
…家といっても5分の距離だけど。
「桜」
「うん?」
二階の理人の部屋で、理人の家に置いていく着替えと持っていく分を分けていると理人が声をかけてきた。
「今はまだ桜を返してやる。でもそのうち桜を貰ってくるからな?」
「え…う、うんっ」
かっと桜は顔を真っ赤にした。
それって、それって…。
「プロポーズ!?」
「アホか」
一言で終わらせられて桜はがくっとしてしまう。
なんだ…ちげぇんだ。
「それはそれでちゃんと言う」
え?
「プロポーズの予約みたいなもんか?」
「ナニソレ?」
ぷっと桜がふきだした。
「仕方ねぇだろ!俺だって焦ってるんだ。お前は可愛いし、若いし!俺なんかとなぁ…」
「理人だけでいいもん…。だって理人だけだから…」
泣けるのも、欲しいのも。
すると理人がくすと笑って桜の頭を撫でた。
「モノ好きだな」
「そぉかな?でもないと思うよ!理人かっけぇし!」
「そりゃどうも」
理人が笑って肩を竦めた。
まだ外が明るいうちに桜の家に理人と一緒に向かった。
たった5分の距離だけど、途中で近所の犬を散歩させてるおばちゃんに会うとお里帰りかい?なんて笑われた。
「あのさ…聞きたかったんだが」
「うん」
「お前の近所での位置づけって男の子なのか?」
「さぁ?知らない~。一応分かってる、とは思うけど」
理人がじっと桜を見る。
「いや、…だよなぁ…。わかってるけど…な」
「胸もないのにね」
「その顔でデカいヤロー倒すんだからな…」
「まぁ。一応黒帯もってるし」
「だよなぁ」
「うん」
「……柔道…似合わねぇよなぁ」
「うん。よく言われる。あ、寝技も得意だよ?今度かけたげる?」
「いらね~。…柔道ねぇ…」
「今も誘われてたま~に気が向けば道場に顔出すけど。黒田はまだしてるから」
「へぇ…今でも行くんだ?」
こんな何て事ない会話だって理人とだったら楽しい。
一緒に出かけるのも、理人の家にいるのも、桜はなんでも楽しくて嬉しくて仕方ないんだ。
桜にとっての誉め言葉ではなかった可愛いも、理人の口から出れば違うように感じてしまうんだから。
全部が特別だ。
桜のジーンズのポケットの中でチャリと鍵の音がする。
理人の家の鍵はすっかり桜の物になっている。
それも嬉しい。
ふふ、と桜から思わず笑いが零れてしまう。
家に帰るとおかえり、と普通に迎えられて桜が拍子抜けしてしまうと、理人はそんな桜を見てくくっと笑っていた。
じゃあな、と桜の頬をちょっと触って理人が帰って行く。
寂しい気がする。
物足りない気がする。
理人といる時は全然そんな事思わないのに、こうして離れるだけでもう足らなくなってしまう。
それでも理人とえっちして、自分の身体に理人の感覚が思い出されればそれだけで悶えて、そして安心出来た。
たった5分だし。
ちょっと走ればそこに理人がいる。
いつでも桜を迎えてくれる。
泣きたくなっても甘えたくなっても、ちょっと走れば理人がいてくれるんだ。
そう思えれば自然と桜の顔は緩んでしまう。
玄関先で理人を見送り、立ったまま桜が一人でにやにやしてぱっと後ろを振り返れば母親と撫子の呆れたような視線とぶち当たる。
「…なんだよ?」
「べつにぃ?」
撫子が頭を横に振りながら肩を竦める。
「女の子みたいに可愛いけどまさか本当に嫁の座ゲットするとは思ってもなかったな…」
母親が呆れたように桜を見ている。
「別にっ!したくてしたんじゃねぇしっ!」
「……嫁、否定しないんだ?」
かっと桜は顔を真っ赤にする。
だって理人がプロポーズの予約って言ってたし!
「ふぅん」
撫子と母親が声を揃えて桜をじっと見てるのにいたたまれなくて桜は自分の部屋に逃げる為に階段を上る。
「女二人いるのにいい男取るのは桜ちゃん…」
「最悪よね…」
「お母さんが産んだんでしょ」
「そうだけどねぇ」
後ろから恨みがましい声が聞こえてくる。
やっぱり家の方が居心地が悪い気がする!
大人な理人と話していると理人も大事だけど家族も大事だと思い出すのに、帰ってきたとたんにコレだ。
やっぱ理人の家に行っちゃおうか、と思わず思ってしまう。
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