木曜日、午前の診察が終わって家に戻ろうかと思ったら公園のブランコに人影があった。
桜がブランコにぽつんというのに何度も遭遇している理人はいつもブランコを気にしていたのですぐに公園のブランコに人がいたのに気付いた。
桜か…?
一瞬そう思ったけれどどうやら違う。
お昼時で子供の姿がないのに、中学校の制服で女の子がぽつんとブランコに座っている。
「撫子ちゃん?」
「あ、先生」
「学校は?」
「夏休み前で午前授業」
ああ、もう夏休みがくるんだ。
「ねぇ、先生…桜ちゃんって…先生の前で泣く?」
桜によく似た女の子。
「え?」
「……桜ちゃんって小さい頃から泣かないんだ。…私泣いたの見た事ない。お母さんも…言ってた。……ウチのお父さんの話知ってる?」
「…桜から聞いた」
理人も隣のブランコに腰かけた。
どうやら桜の事で来たらしい。
可愛いなぁ、と理人は喧嘩しながらも心配する兄の桜と、その妹に微笑ましくなる。
「桜ちゃんが話したの!?」
「ああ」
「………そうなんだ…。桜ちゃん…あんなだけど男の子だよ」
「そうだな。お兄ちゃんだろ。妹をちゃんと助ける立派な兄貴だ」
「…うん。いっつも桜ちゃんは我慢してる…ホントは知ってるんだ…」
撫子ちゃんが顔を俯けながら独り言のように呟く。
「…桜…泣くよ?ちゃんと…」
ぱっと撫子ちゃんが理人の顔を見上げて凝視した。その瞳が濡れていた。
「…お父さんの事、話した時も泣いてた…」
「……そうなんだ…。お母さんも桜ちゃんから…お父さんの…話聞いた事ない、って言ってたのに…。先生には話すんだね…」
撫子ちゃんの傷ついた表情。
「いや、多分それは俺が男だからだ。桜はお父さんと男の約束をしたから。それはお母さんと撫子ちゃんには話さないんだ。男じゃないからね」
「…え?」
「桜が言ってた。お父さんと男の約束したから、って。お母さんと撫子を守るんだ、ってね。コレ、俺言ったの内緒ね?」
「そ、…うなの…?」
「そ。…撫子ちゃん、マジでコレ、俺言ったの桜に内緒にしといてね?ばれたら桜に投げ飛ばされそうだ…」
涙を流してた撫子ちゃんがぷっと笑った。
「桜ちゃん強いんだよ?お友達の黒田君より強いんだ」
「え?あのガタイいいのより?」
「先生黒田君と会った事あるの?そうなんだ!可愛いけど強いの。でももういいや、って辞めちゃったから今はどうか分からないけど」
アイツより桜の方が強い…。
分からんもんだな、と理人はへぇ、と頷いた。
黒帯持ってるとは聞いたけど。
「先生…ありがとう。…帰るね!あ、桜ちゃん、よろしくお願いします」
ぺこんと撫子ちゃんが頭を下げて帰って行った。
中学生の女の子に高校生の兄をよろしく、って…。
はぁ、と理人はブランコに座ったまま頭を抱えて溜息を吐き出した。
…いい子だ。桜も撫子ちゃんも。
さて、帰るか、と理人もブランコから立ち上がって自宅へと戻った。
…桜が遅い。
いつも木曜日は4時前には帰ってくるのに、4時を過ぎても来ない。
今日行けない、とかの連絡もないし来るはずなのだが…。
落ち着かなくて理人は時計をちらちらと眺める。
電話をかけてみようか、と思ったけれど、さすがにちょっと遅れただけでそれはウザイと自分でも思ってしまう。
駅から歩いて20分位。
表通りに出れば道は駅からまっすぐだから出ようか。
そうだ、どうせ買い物もあるし。
途中で会えばそれでいいし、会わなかったら駅にいるからとその時電話すればいい。
理人は靴を履いて家を出た。
…どんだけ心配性だよ、と自分でも呆れてしまう。
桜の肝の据わった、慣れた対処を見ればそんなに心配することもないか、とは思うが、それでもぱっと見は弱々しげな女の子のように見えてしまうからやっぱり心配だ。
きょろりと通りを歩く人を見ながら、近所の人に挨拶しながら駅の方に向かっていく。
しかし、見知ったご近所さんに声をかけられるのはいいが、先生一人?桜ちゃんは?なのには苦笑してしまう。
「先生っ!」
スーパー近くになったら慌てたようなおばちゃんの声に理人が振り向いた。歯医者にも来た事ある人だ。
「こんにちは」
「いいから!桜ちゃんがなんか身体の大きい子に連れられていったよ!」
「え!?」
あっちの方にと通りから横道に逸れた方を指差されて理人はありがとうございますと、言い終わらないうちに走り出した。
あまり大通り以外の地理は出歩かないので詳しくはなかったが確か大きい公園があったはず。
急いた気持ちで理人は教えてもらった方向に向かって走った。
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