「ほんっとわりぃ」
ぐいと桜の身体を引き寄せようとする大森の手を払った。
「桜っ」
切羽詰ったような大森の声。きっと桜の身体も小さいし力でどうにかしようとしたんだろうけど。
がばっと桜に覆いかぶさってきそうな勢いの大森の胸元を桜は掴んだ。
「桜っ!」
あれ?理人の声が聞こえる、と思いながら綺麗に大森の身体を桜は投げ飛ばしていた。
そして車の急ブレーキの音が聞こえた。
ちょっと待って…。
今、理人の声が聞こえた。
公園の道路向こうから…。
そして車の急ブレーキの音も…。
桜は大森の胸元を掴んだままゆっくりと視線を音のした方に向けた。
「っ!」
声が出ない。
道路に倒れている人。
まさか…。
桜は真っ青になって伸した大森から手を離し、ゆっくりと近づいていった。
車から降りて駆け寄る人。
桜の脳裏に父親の姿が思い浮かんでしまう。
心臓が嫌な音を立ててどくんどくんと鳴っている。
嘘だ…。
怖い…。
「り、ひと…?」
やっぱり倒れているのは理人だった。
「理人っ!理人っ!」
桜は震える身体で理人の元に駆け寄った。
「りひとっ!…やだっ!…死ぬのやだぁっっっ!」
「…しなねぇよ。ばぁか」
倒れてた理人が目を開けて身体を起こした。
「だめだ!動かしちゃダメって!触っちゃダメって!!!」
「大丈夫だよ。ぶつかってねぇもん」
理人が立ち上がってぱんぱんと服を叩いている。
「ああ、すみません。大丈夫なんで」
車を運転してた人に理人が謝っていた。
「り、ひと…?」
一応病院にという運転手に理人が苦笑しながらホント大丈夫ですから、と普通に話していた。
「りひとぉっ」
どんと桜は理人に抱きついた。
「ああ、悪い…。桜、びっくりしたな…ごめんな」
理人の腕が桜の身体を抱きしめた。
「ああ、すみません。この子お父さん事故で亡くしてるから…」
理人が桜を抱きしめたまま運転手にだろう言い訳をしていた。そりゃ公の場で男子高校生が抱きついてたら困るだろう。
「ああ、そう…でも…本当に…?」
「大丈夫ですよ。すみません。こっちこそ驚かせてしまって。ぶつかってないし、どこも打ってませんのでホント大丈夫ですから。桜も…大丈夫だから」
ぽんぽんと理人が桜の背中を叩くけど桜は理人に抱きついたまま首を振った。
身体が震えている。
また大事な存在が消えるのかと思った。
「桜…ホントごめん」
桜はずっと首を横に振っていた。
「いいですか…?本当に?」
「ええ。こちらこそ、年がいもなく飛び出したりして、すみませんでした」
理人が桜を抱きしめたまま運転手に謝っていた。
桜は理人に抱きついたまま顔が上げられない。
身体の震えがどうしても止まらない。それに…。
「桜、泣くな。…桜…」
理人の声が桜の耳元に聞こえてくる。何度も、桜を安心させるように名前を呼んでくれた。
「おい、アイツは?」
「いい」
理人の言うあいつが大森を指していただろうけど、そんなどころじゃない。
「いいって…お前…そういやお前投げてたな…友達とは、違うのか?」
「違う」
「…って言ったって…う~~~ん…」
理人が桜をへばりつかせたまま公園の方に向かう。
「桜…桜くん?…あの歩くの大変なんですけど?…ホント…全然大丈夫だぞ…?」
理人が桜の頭を撫でながら歩きづらそうに足を出す。
「やだ」
だって離したらどっかに消えてしまいそうで。
離れられないと桜は頭を横に振った。
「桜…ごめんな…思い出させた…な…」
その理人の言葉にも桜は首を振る。
そうじゃない。怖いだけだ。
「ええと、そこの君…」
理人が大森に声をかけていたけど、どうだっていい。
桜はちゃんと理人だけだ、と答えた。謝った。用件は終わっている。
「大丈夫、かな?」
「人の事より自分の事だろっ!」
桜が顔を理人に埋めたまま喚いた。
「いや、それはホント悪かったって…桜…お前がなんかデカイヤツに連れて行かれたって聞いたから俺も焦ってたんだ」
あ…いつもより桜の帰りが遅くて理人が心配したのか?
「俺、大丈夫なのに」
「わかってるけど、それでも心配なんだ」
理人が桜の頭の上で苦笑しているのが分かった。
「俺は大丈夫です…。あの…」
戸惑ったような大森の声が聞こえたけれど、桜は理人から離れるつもりはなかった。
「桜、くん…じゃ」
大森の声に桜は答える事もしなかった。
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