理人が車に接触しそうになった日は離れられなかったものの、その後はどうにか落ち着きを取り戻し、そして夏休みに入った。
結局バイトは理人の案の通り。
水木金曜日は午前中、月曜火曜は午後2時間ほど子守の役目をすることになった。
どうせそんなに来ないかも、とか理人が都合のいいようにとか密かに思ってたけれど、確かに子連れが多かった。
待合室の角に子供用のスペースが元々あったらしいけど、そこで治療を待つ小さい子や、治療するお母さんの代わりに子供の相手をする。
夏休みで幼稚園の子も多かった。
「痛いかな…痛い…」
キーンという音にびくつく子供には桜も同意したくなる。
「大丈夫。先生がやさし~く、痛くなく悪いところ治してくれるから!」
こえぇよ、いてぇよ、とはまさか言えないだろう。
だいたい子供は桜ほどまで虫歯が悪くなっている子はいないので、そんな気休めの言葉とにっこり笑顔で子供は騙されるけど。
「ありがとぉ、おねぇちゃん」
「……はい、またねぇ~」
最初はお兄ちゃんだと直させていたが、誰もかれもがおねぇちゃん言うのに桜も面倒になってもう直す気力もない。
それに毎回受け付けのお姉さんや近所のおばちゃんたちがくすくす笑う。
もう、別にいいけどっ。
「ねぇ、おねえちゃん」
「ん?なぁにかな?」
だいたい小さい子は一回で終わりという事も多いらしくお母さんの治療で来る子以外は日替わり状態だ。
幼稚園くらいの男の子か。可愛い顔してんな、なんて思ったら爆弾吐きやがった。
「あのね!大きくなったら僕と結婚して!」
「はぁっ!?」
いやいや、小さい子だから!
といいつつ、テメーはヤローだろ!と突っ込みたくなる。
「祐クン、残念!おねえちゃんはもう結婚決まってるんだよぉ」
受付のお姉さんが声をかけてきた。
「え!?誰とっ!」
「先生よぉ」
「ちょっ!」
ナ、ナニ言ってんだ!?
ぷすっと受付にいたお母さんやらおばちゃんが口を押さえて笑ってる。
「ん?どうした?」
次の患者さんは、と受付に理人まで現れる。
「先生っ!おねえちゃんと結婚するの!?」
「ん???」
何の事だ?と首を捻ってからにたっと理人が笑った。
「おう。そうだぞ?そのおねえちゃんは先生のだから祐君にはあげない」
「うっ…先生嫌いだっ」
「残念だな。祐くんも先生みたいないい男になればおねえちゃんみたいな可愛い子と結婚できるかもなぁ」
理人までもがそんな事言い出せば待合室ではくすくすと笑い声。
いったいここの人達が桜と理人をどう見てるのかは桜にも謎だ。
「おねえちゃん先生が好きなの?」
うわ、そうくるか、と桜は頭を抱え込みたくなった。
もうこうなったたヤケだ!
「…好きだよ!さ、治療頑張っておいで」
「…分かった」
祐君を診察室に送り出すと理人と目が合った。
理人の目が優しく桜を見ていたのに思わずどきっとしてしまう。
「さ、祐君がんばろうな!いい男は歯の治療ぐらいじゃなかないんだぞ!」
「う…泣かないっ!」
…………すみませんね。泣きまくりで!
けっと桜は理人の背中に舌を出す。
ちらっと理人が振り向いてそしてぶっとふきだして笑っていた。
子供がいない時は桜も受付の中に入って理人が治療しているのをじっと見ていた。
仕事…。
歯科助手の人が理人の指示で器具を用意したりと忙しく動いている。
「仕事…ね…」
「あら、進路の事で悩んでるの?」
隣に並んでた受付のお姉さん、小野さんに話しかけられた。
小野さんは結婚してるけど、そのまま仕事をしているらしい。
「うん…。そうなんだよね…。大学か、専門か…。俺、なんかなりたいってのもないし。考えられなくて…」
「歯科衛生士とかは?前は女性のみだったけど今は男の子でもいいらしいわよ?先生も歯科衛生士がもう一人欲しいなって言ってたし」
「……歯科助手と何が違うの?」
「一番は歯科衛生士は患者さんの口に手が入れられる、かな。助手は本当に助手だけ。歯科衛生士はスケーリングって歯石とったりとかも出来るの。ほら、あっちで今、石井さんがしてるでしょ?」
小野さんの説明にふぅん、と真面目に話しを聞いていた。
「けっこう給料もいいし!助手とじゃ全然違うのよ?」
「へぇ」
「それにここだったら先生と一緒だし!桜クンならナース服でもいいかもね!」
げほっと桜は思わず咽てしまった。
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