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2012.09.09(日)
怜の録音をする日がやって来た。
緊張して明羅の方が固くなっている。
「お前が緊張してどうするんだ?」
怜が笑っていた。
ホールは一日貸切。
スタジオではなく生音に近い音をとホールを貸しきったらしい。
調律に伊藤さんが来てくれて今調律の真っ最中だった。
「…落ち着かない」
誰もいない客席に悠然と怜さんは座って、隣に小さく明羅が座っていた。
「おう。お待たせ」
生方さんも合流でますます緊張する。
マイクのテストで動く人とか見ればますます固まってしまう。
「やっぱり、ショパンとかにしない?」
「しない」
呆れたように怜が見た。
「今ここにきてソレ言うか?」
「二階堂さん、音とタッチのチェックを」
伊藤さんに呼ばれて軽やかに怜さんはステージに上がった。
今日は客が入るわけでもないし、映像を撮る訳でもないので怜さんは普段着。
怜のピアノの音がホールに鳴り響く。
ああ、人がいないからすごく音が響く。
いや、響きすぎる。
「怜さん!音、響きすぎるよ!」
明羅は声を出した。
「…だそうです」
伊藤さんが笑って微調整してくれる。
「明羅君、今度は?」
黙って聴いて頷いた。
伊藤さんも満足そうだった。
「伊藤さん、このあとの予定は?よかったら聴いていきませんか?」
怜が声をかけた。
「いいんですか?」
「ええ!是非。俺の演奏じゃなくて、明羅の曲を聴いて欲しい。それで、もしよければ評価もお願いします」
「…明羅君の曲?」
「そう。これから俺が演奏するのは全部 桐生 明羅 作曲なんです」
伊藤さんの目が大きく見開き、そして明羅を見た。
「余計な事言わなくていいのに…」
「いや、俺はいいと思うんだが、音楽を知っている人に聴いてもらいたいな、と。生方じゃあてにならんし」
「では是非」
伊藤さんは道具を仕舞って客席に降りてきた。
「このことご両親は?」
「ええと、お父さんには言ったけど。お母さんは知ってるか知りません。多分お父さんから聞いてるとは思うけど」
「…楽しみです」
伊藤さんがふわりと笑みを見せた。
「二階堂 怜のピアノが聴けるのもない事なのに」
「伊藤さん、聴いたことあります?」
「ええ。何回かは。チケットがなかなかまわってこなくて。調律してさようならが悲しかったですね」
じゃあ、録音始めます、と声がかかって明羅は黙った。
怜がピアノの前に座る。
息を吐き出して鍵盤に触った。
明羅は自分がステージに立っているわけじゃないのに身体が震えてきた。
大勢の客はいない。いないけれど…。
ふるふると震えて手を組んだ。
それでも身体は震えてしまう。
なんで怜さんはこんな無謀な事を言ったのか。
小曲から。
あまり長くない曲。
明羅の中では1番2番で8番まである。
どれも5分足らずの曲だ。
一気に全部いってしまうらしい。
小曲を終えてワルツ。
家ではふざけてエロく弾くけど、全然そうは聴こえなくて、最初は軽やかに、真ん中はしっとりと、最後は華やかに、ドラマティックに。
明羅が思ってたように怜が奏でていく。
どれも全部…。
やっぱり泣けてきそうで目が潤んでくる。
これでソナタ弾かれたらまずいなぁ、と思ったら、流石に休憩を入れるらしい。
怜は演奏を終えて立ち上がった。
「どうだ?」
ステージから屈んで明羅を見た。
明羅はただこくこくと頷く。
「伊藤さん、どうです?」
「え?あ、…すみません…。引き込まれてました」
どこか呆然としたまま伊藤さんが答えた。
「いいでしょう?」
「いや……言葉で出てきません…」
「ところがこんな比じゃないのが残ってるんです」
にやりと怜が笑った。
「その前にさっきのワルツ…」
「ちょっ!!!怜さんっ!!!」
怜がピアノに戻っていく。
あれを弾く気だ!
明羅は耳を塞いだ。
それでも聴こえてくるエロいワルツ。
ちょっとだけで止めたけど。
「どうです?」
「……いや、その…なんとも色っぽい、というか…」
伊藤さんが困ったように苦笑していた。
「違いますよ。はっきり言っていいんです。エロいワルツって」
「もうっ!!」
怜がくつくつと笑っていた。
「あれ…全部、明羅君が?」
「ええと、…はい」
あと残っているのはCMの2曲とソナタだ。