焔(ほむら)を灯(とも)して、焦がされて。 なんだアレ…?
井上 尚は一人の学生が執拗なサークルの勧誘に捕まっていたのが目に入った。
スルーするなら無視するなりさっさと素通りすりゃいいのに…。
関係ないか、と視線を逸らせると後ろからあの、と声をかけられた。
「Linxのナオだよね?」
「…ナニソレ?」
ライブに来た事ある他校のヤツか?
女二人がもじもじとして話しかけてきた。
スーツを着てるので同じく大学の入学式を終えた同級生だろう。
「え!?ナオだよね!」
「…さぁ~?」
尚はしらばっくれた。
もうやめたバンドの事で今更騒がれたくもない。
こんなんで誤魔化されるとも思いはしないけど。
「え~…絶対そうだよぉ~」
媚を含んだような声と視線に尚はめんどくせぇな、と思わず思ってしまう。
「ね…」
女二人が尚の両側から腕に手をかけてきたのに尚はすっと身をかわした。
そして視界にさっき入ってきた勧誘されていたやつの方に向かった。
ああいう女はしつこい。
振り払ってもついてきそうな、しつこそうな気配を持っていた。
…以前なら別に気にもしなかったし、適当に遊んだだろうけど。
今はいらない。
「こいつに何か用?」
勧誘されていたヤツに後ろから近づき、肩に手を回しながら上級生だろうスーツ姿ではないヤツの顔を睨んだ。
そして手をかけた方はスーツなので同級だろう。
尚より背が低くて華奢だった。
後姿しか見ていなかったけど。
尚はちら、と追ってきそうな感じだった女の方に視線を向けると諦めた雰囲気で顔を歪めていたのににやりとする。
まるで獲物を取り逃がした、って顔だ。ザマアミロ。
「用って!映画の主役に!って勧誘していただけだ」
「ああ?一人に3人で囲んで?」
どうやら映画製作のサークルらしい。しかし、華奢なヤツにクマみたいな男が3人で囲んでいたのに尚は柳眉を顰めた。
「あんた、………」
尚は自分が肩に手をかけた人物の顔を覗きこんで思わず息を一瞬はっと止めた。
…美人だ。
「…勧誘されてただけ?」
「どうだろう?僕は興味ないって言ってるんだけど」
美人なヤローは無表情で肩を竦めた。
「興味ないってさ?」
「そんな事言わないで…っ!是非!…あ、なんならキミも!二人で主役とか…」
「ばぁ~か!興味もねぇのにするか」
ぐいと尚は美人なヤローの肩に力を入れるとクマみたいな3人から離れた。
「…頼んだわけじゃないけど…、…どうも」
少し歩いた所で肩を離すと、何の感情もないような声で綺麗なヤローが言った。
「別に?頼まれたわけじゃないし?」
尚だって女から逃れられればよかっただけだ。
大学の入学式でも親と一緒にいる奴が多いのにこいつは一人らしい。
そういう尚も親は来ていないけど。
母親は来ようとしてたけどいらねぇ、と断っていた。
そのまま無言で並び校門を出る。
「はるとさん」
後ろから男の声が聞こえると美人なヤローが振り返る。
はると、っていう名前か?字はどんなか知らないけど。
一緒に尚も振り返れば見た目20代後半のかっちりとしたスーツを着た男が立っていた。
スーツを着慣れた感がある。
尚はスーツなんて着たってどこか借り物のようだが、男はしっくりと着こなし、大人の雰囲気を漂わせていた。
…なんか酌に触る、と思いながら視線を外し、そのまま尚は綺麗なヤローと大人なヤローからも視線を外し駅に向かって歩き出した。
「はるとさん、よろしいのですか…?お友達なのでは…?」
「いや、知らないヤツだ」
「…そうですか?」
後ろから聞こえてきた会話に尚はケッ、と唾を吐き出したくなる。
確かに知らないヤツですけど?
お互い様だ。
でも一応素通りもしないで助けた、ってほどでもないが囲まれたヤツから連れ出した相手にそれはどうよ?
美人だけど、表情のない顔と冷たそうな瞳。
大学なんて人が入り混じってるからそうそうお近づきになどならないだろうから別に何言われたっていいけど、面白くはない。
くるくると表情の変わる、でも今は落ち込んでる可愛い後輩の顔でも見に行こうか。
からかうと顔をすぐに真っ赤にして怒った口調になる。
…それで少しでも寂しさが紛れるならそれでいい。
どうしたって自分なんか目に入ってないのは分かりきってる事。
尚はふっと表情を和らげて足取り軽く後輩のバイト先に向かった。
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