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焔の扉の前。 2

 「尚先輩がスーツだ~!!!」
 「…似合ってねぇのは分かってるよっ」
 ぶぶぶ、と岳斗が口を押さえ、尚を見て笑った。
 …笑ったけどその岳斗の目は赤い。
 また昨夜も泣いていたのだろう。
 岳斗の手が胸にある見慣れたクロスを探って握り締める姿に尚は顔を顰めたくなるが、出さないようにした。

 ホント、いてもいなくてもやな野朗だ…。

 可愛いコイツを置き去りにしていってるくせに岳斗の中はそれでも千尋で埋まってるんだから。
 「大学ってどんな感じ?」
 「まだなんも始まってねぇからワカンネェよ。…人は多そうだ」
 ことさら明るく見せようとしてか、岳斗は声を弾ませているけど、全然尚の事なんて興味なんてないのも分かっている。
 「喉渇いた。仕方ないから買ってやるよ」
 「別に頼んでないです~」
 「客に向かって言う言葉じゃないだろ!しかも俺は先輩だぞ?」
 「え~!そうだったっけ~~~?」
 そんな事を言いながら岳斗がレジ打ちするのに尚が金を払った。

 「…スーツ、似合ってるよ?」
 そしてこんな事言ってくるんだから可愛くないはずない。
 ………千尋に後でメールしてやろう。
 「かっこいい?」
 「………う~~~ん…まぁ、…でも千尋先輩の方かっこいいもん!」
 「…はいはい」 
 ここでもケッ、って唾吐きたくなる。
 尚は岳斗の叔父さんの店のカウンターに寄りかかりながらなにげなしに外に視線を向けたらさっきの綺麗なヤローとスーツのヤローが並んで歩いていくのが見えた。

 …この近くに住んでるのか?
 ま、別に関係ないけど。
 「尚先輩?」
 外をじっと睨むように尚が見ていると岳斗がきょとんとした目で見ていた。
 「ん?ああ、なんでもない」
 岳斗からペットボトルを受け取って蓋をあけると口をつけ、ぐいと煽った。




 知らないヤツ、なんて言われて近づくつもりはなかった。大学は広いしそんな会う事ないだろうと思ったのに…。
 「隣いい?」
 「どうぞ…っ!」
 オリエンテーションも終え、履修科目も決定して初めての講義を受けるのに周りも確認せず座ろうとした席で隣に声をかけたら入学式の時の美人なヤローだった。
 向こうも目を見開いている。
 尚は一瞬動きを止めたがまさか知らん振りもオトナゲないか、と嘆息した。

 「井上 尚。…あんたは?」
 「…加々美(かがみ) はると」
 ぼそりと声が返ってきた。
 「はると、ね。字は?」
 「遥か彼方の遥かに…冬で遥冬(はると)」
 遥冬…。寒々しい名前だな。
 「ふぅん…とりあえず講義も同じらしいんでよろしく」
 
 そう一応挨拶を交わし、その後は無言。

 それで終わるかと思ったのに、移動する先々で顔を付き合わせる。
 必修科目で一緒になるのはまだ分かる。けどなんで選択科目までことごとく重なるんだ?
 しかも、席が決められているわけでもないのに何故か尚の座った近辺に遥冬がいる。そして、先に遥冬が座っている近辺に尚が座る。
 座った後ではっと気付く。まさかだからってわざわざ席を変えるほどでもない。

 昼飯を食べに学食に行けばそこにもいる。
 なんなんだ、一体。
 尚ははぁ、と溜息を吐き出し、諦めて空いていた遥冬の隣に座った。
 「お前一体なんなの?」
 「…こっちの台詞だ」
 尚が頭を抱えて隣の遥冬を見れば、その遥冬も綺麗な顔を歪ませて困惑を浮べていた。

 「尚~!」
 尚を呼びながら向かいに座った女二人は同じ高校だったやつだ。
 「やだ!尚、お隣さんと知り合い?美形!」
 「知り合い…っつうか…」
 思わず遥冬に目を向ける。
 その遥冬は黙ってもくもくと自分の飯を食べていた。
 「ねぇ!尚!千尋と連絡とってるの?東京行ったんでしょ?」
 「さぁ?」

 わざわざ教えてやるまででもないと女から視線を外して尚も黙々と飯をかきこんだ。
 その女達が遥冬と尚を交互に見比べているのに女が遥冬を値踏みしているのが見える。
 でもどうしたってこの女達より遥冬のほうが美人だ。
 そう思いながらさっさと食べ終えて席を立てばまったく同じタイミングで遥冬も席を立つ。
 その遥冬と顔を一瞬だけ合わせ、微妙な気まずい空気が流れる。

 ったく!
 なんでこんなだ?
 わざとじゃない。それは分かってる。遥冬も分かっている。だから変な顔をするんだ。
 「おい」
 尚は遥冬に声をかけてあごをしゃくった。
 残りの講義何をとっているのか確認する必要がある。
 まさか全部一緒ってわけはないだろう。

 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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