それから二日経っても雰囲気は同じままで、尚はなるべく意識的に遥冬の傍にいるようにしていた。
明日は土日でその間に沈静化すればいいのだが、と思いつつ、じゃあな、と帰ろうとしたら珍しく遥冬が追いかけてきた。
「尚、ちょっといいか?」
「うん?ああ」
いつも帰りは別々だったのに遥冬が並んでくるとざわりと周囲がざわついた気がした。
それに遥冬が気付いたのか綺麗な顔に似合わないような深い皺を眉間に刻む。
「やっぱりいい…」
遥冬がついと尚から離れようとしたのに尚はぐいと遥冬の肩を掴まえて遥冬の耳元に口を近付けた。
「別に構わねぇよ?」
「……お前…分かってるのか?」
「何が?」
遥冬がさらに難しい顔をしたのに尚はくっと笑いながら遥冬の肩を離した。
「話しながら行こうぜ。…遥冬、駅は?二つ先か?」
「…なんで知って…?」
「入学式の日知り合い近くにいて行ってたら見かけたから」
その後も休んだ日も見かけたのだが言わないでおく。
二人で並んで歩くのに廊下も外に出ても視線が突き刺さってくる。
こりゃ相当噂は出回ったらしいと尚は飄々としながらも遥冬が難儀だなと心の中で同情してしまう。
「…迷惑…だろ」
「ん?」
隣で遥冬が顔を俯けていた。思わず遥冬の白い項と黒い髪のコントラストに尚は目を引かれる。
「全然。迷惑なら迷惑だって言うって言っただろ」
「…僕といるとそういう目で見られるけど?」
ふっと顔を上げた遥冬が挑戦的な目で尚を見た。
いつもの感情のないような目と違う。瞳の奥に青白い炎が見えるような強い視線だった。
「なんだ…そんな顔も出来るんだ?そっちのほうがいいじゃん」
「…え?」
「いつもの感情押し殺した目より今みたいな目のほうがいいんじゃね?………それより遥冬の言うそういう目ってどんな目?」
「俺といると…」
遥冬が苦渋の表情を浮かべて口を噤んだ。
「男を誘ってるっとかか?…はっ!…んなわけあるか!人を誘う媚びた目なんて遥冬はしてねぇよ」
尚がはっきり言うと遥冬は目を見開いて尚を見た。
「言わせとけば?別に俺は気にしねぇし。そう思われてたほうがウザくなくて俺的にはいいかもな」
「……ああ、尚は…女が次々寄ってくるから…」
「いらねぇのに」
「……いらないんだ?彼女とか…は?」
「今はいらねぇな」
尚の脳裏に岳斗の顔が浮かんだ。千尋を見る岳斗の顔だ。
「………」
その尚をじっと遥冬が観察するように見ていた。
「何?」
「……いや。それならいいけど」
「俺はいいけど遥冬の方が大変だろ」
「……僕は慣れてるからいい」
すっと遥冬との間に見えない壁が出来た。これ以上聞くなという壁。
これがあるから尚はなかなか遥冬に対して踏み込めないのだ。
そこを尚も無神経に突くこともしない。…別に大学だけの付き合いだから、それで構う事なんてない、と自分に言い聞かせる。
自分の自宅に帰るなら反対方向なのだが、遥冬と一緒に尚も同じ方向の電車に乗り込んだ。
今日は別に岳斗の顔を見ようと思ったわけではないけれど、なんとなく遥冬の方から近づいてきたのでまぁ、いっかとそのまま一緒に行く。
「知り合いが近くにいるって言ったよな?あの辺り詳しいのか?」
遥冬はまたいつもの感情のないような瞳に戻っていた。けれど、さっきのあれをみれば感情がないわけじゃない、と当たり前の事を思ってしまう。
あっちの方が目に力があってずっと綺麗なのに。
「ん~、少し…な。高校の頃はしょっちゅう行ってたけど」
「………だったらどこかいいバイト知らないか?」
「バイト?」
「そう」
人形のように綺麗な遥冬にバイトなんて不似合いな感じがするが…。
「時間は?」
「大学終わってから夜中位まで、かな…」
「………」
50’Sでバイトいるかな?千尋がいなくなったから枠余ってるか?
「…行ってみるか?一箇所あるかも」
こくりと遥冬が頷いた。
頷くのはいいけど、こいつこんな愛想ない顔でどこでバイトするつもりだったんだ?
どうしたってコンビニとかも合わないだろう。
岳斗みたいなのも勿論!絶対合わない!
そういやもうすぐGWか…。
岳斗は千尋んとこ行くんだろうな…。
つり革を持ちながら尚が思っているとまた遥冬がじっと尚を見ていた。
「何?」
尚が聞くと遥冬はなんでもない、と小さく首を振った。
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