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焔の扉の前。 8

 「…何か用事でもある?」
 50’Sを出て遥冬がまたも珍しく声をかけてきた。
 「いいや」
 「…………じゃ、…部屋、よってく?」
 珍しい!遥冬の方から声をかけてくるなんて。
 「よる」
 うなずくしかないでしょ。
 人形みたいな遥冬がどんな生活してるのか。

 「田舎から、って一人暮らしか?」
 「そう」
 遥冬と並んですぐ裏の通りに行くと目に入ったのは立派なマンションだ。セキュリティーつきでフロントがあるのに尚は目が点になる。
 どうやら一般の大学生の一人暮らしとは全然別物らしい。
 こりゃどうみたって学生の住むアパートじゃなくて高級マンションだ。
 はぁん、と尚は噂で言ってた政治家の私生児ってのがあながち嘘でもなさそうな気配だと納得する。
 本人から聞いたわけじゃないのでそれを鵜呑みにするつもりはないけれど。

 遥冬が尚に何か言われるだろうか、と気にしてちらと尚を見ていた気配をとり、尚は何も言わない事にする。
 そうすればほっと安心したような表情を遥冬は仄かに浮べた。
 …なんか初めの頃より随分見えるようになってきたな、と尚も遥冬を盗み見る。
 初めは何言っても聞いても一蹴されそうな雰囲気だったが、今ならある程度の事は聞いても答えてもらえそうだ。
 だからってわざわざ聞きもしないけど。

 遥冬の後ろから部屋に案内され中に入った。
 「………………」
 中を見て尚は呆れる。
 「…あのさ?住んでんのここ?」
 「え?ああ。そうだけど?」
 ほとんど何もないモデルルームみたいなリビング。
 テレビにソファに観葉植物に…。
 そして広い。
 普通の一般大学生の一人暮らしの居住空間以上もあるリビングだ。

 「…コーヒー、飲む…?」
 コイツちゃんと入れられんのかぁ?と思いつつ尚は頷いてソファに座った。
 するとコーヒーの香りが漂ってくるのに本当に生活してるんだ、と納得する。
 「サンキュ」
 コーヒーを出されて受け取ったけどどうも空気が…。
 何話しゃいいんだ?
 どうしたって生活感がなさ過ぎる部屋で落ち着かない。

 「……お前飯どうしてんだ?」
 「学食で食ってるだろ」
 「いや、それは分かってるって!朝とか夜」
 「……朝は食べない。夜は…たまには買ってくる」
 はぁ!?夜もほとんど食ってないってか!?
 思わず尚はちょっと離れてソファの隣に座った遥冬を呆れて見た。
 「…………なに?」
 「だからそんな細っこいんだろ」
 すると遥冬からむっとした表情が出た。

 …面白い。
 でもすぐにそれが消え、また無表情になった。
 「尚には関係ない事だ」
 「ま、そうだな」
 すぱん、と閉ざされ、会話は終了。
 やれやれ…。めんどくさいヤツだな、と思いつつも自分はここにいるんだからどういう事だ?と思わなくもない。
 「……バイトは…感謝する」
 悪いとでも思ったのか遥冬が小さく呟くのに尚はくすと笑みを浮べた。

 こういうとこがあるから尚も付き合っているんだと思う。
 そうじゃなかったらいくらなんでも話もしたくなくなるだろう。
 しかし、こんな所に住んでてバイトなんてしなくてもよさそうだと思うがそれを言ってもまた関係ないとスパンと切られるのは分かっているので、言わないでおく。
 「千尋の叔父さんは午後二時三時くらいには店に来てるから。六時開店だからその前には履歴書持って行けよ?」
 「分かった」
 遥冬がこくりと頷くのを見て半分位になっていたコーヒーを全部飲み干し、尚は立ち上がった。

 「じゃあ、帰るよ」
 「あ、ああ…」
 慌てたように遥冬も立ち上がる。
 「あの…本当に…いいのか…?」
 「ああ?何が?」
 「…あんな…目の中…」
 大学の事か。遥冬はかなり気にしているらしい。
 「いいって。別になんでもねぇんだから。お前も気にするな。そのうち治まるだろ」
 「……ああ」
 表情が出ないかな?と思ったけど、出なかった。
 なんだ、とちょっと残念に思いながら玄関に向かう。

 「じゃ、また来週な。……っと、お前ケーバン」
 「え!?」
 遥冬が驚いたような顔を見せた。
 「休む時連絡入れろ。関係ないって言ったって毎日いる奴がいないのに心配はするから」
 「…………わかった」
 尚が携帯を出しながら言えば遥冬も携帯を出しながら小さく頷く。
 番号とアドレスを交換して目を伏せている遥冬の顔を斜め上からじっとみた。
 睫毛が長い。

 「近くに親戚とか知り合いとかは?」
 「…いない」
 「…なら具合悪い時とか何かあったら連絡入れろ」
 「……………」
 小さく遥冬が頷いた。顔は伏せられたままで見えなかったが表情は出てたのだろうか?
 「じゃあな」
 「……ありがとう」
 玄関先で別れて尚は遥冬のマンションを後にした。
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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