昨日岳斗くんて子と会った、と何気なく尚に言えばいいだろうに遥冬はそれを大学に来て顔を合わせていた尚に対して口にしなかった。
別にわざとじゃない。
それなのに疚しい気がするのはどうしてなのか。
「今日一旦家帰ってから50’S行くから」
学食でご飯を食べながら尚が言った。
「…ギターの練習?」
「そう。………遥冬、なに残してんだ?ちゃんと食え」
「……なんかあんま食欲なくて」
突いてばかりでなかなか箸を進めない遥冬に尚が口を挟んでくる。
「お前、それでなくても食ってないんだろう?もっとガリになるぞ」
それを言われれば面白くはない。
遥冬は無理に飲み込むように食べ物を詰めた。
学食にいるのに周りが窺っているのが気配で取れる。
遥冬は平気だが尚はこんな中にいても平気なのだろうか?
見た感じでは気にしている風ではないけれど。
「バイトは?」
「え?」
「大丈夫そう?」
「…まぁ…。でもなんか僕みたいなのでも大丈夫なのか?愛想笑いなんて出来ないのに」
「ああ。いいのいいの。千尋はさらにむっとした顔だったから。強面じゃない分お前の方がずっとましだ」
そうなのか…?
そして尚が遥冬の顔をみてぷっと笑った。
「お前自覚あったんだ?」
「…………」
そんな事を言う尚を睨む。
…あるに決まってる。
他の学生が遠巻きにしてあまり話しかけてこない中、普通に食べ終え、授業を終わらせ、遥冬は一旦マンションに帰ってからバイト先へと向かった。
尚が来ると言ってた。
今日は岳斗くんは来るのだろうか…?
何故か気にしすぎている。
きっと自分と正反対のような子だからだ。
自分は愛想もないし、冷たい何を考えているか分からない目だと散々言われてきた。
感情を写さない目だ、と。
だが、尚に前にそんな目をすればいいのに、と言われた事があったのを思い出した。
あの時自分はどんな目だったのだろうか?
遥冬がテーブルを拭いていると次々とバンドのメンバーらしき人が集まってきた。
昨日のステージとは違うメンバーだ。
そこに尚もきた。
「よ」
遥冬を見て尚がにっと笑って手を上げたのに遥冬は小さく頷く。
尚はギターを持ってきてた。
そのままステージに上がって、バンドの人と話しをしながらギターを出している。
……本当に弾けるんだ?
いや、嘘だと思ったわけじゃないけれど。
ここで初めて生のバンド演奏を見て遥冬は密かにすごい、と目を引かれていたのだが、さらにそれが普段一緒にいるヤツで、普段ギター持つところなんて目にした事ないのにちょっと落ち着かない気分になる。
だって…なんか…尚が別人みたいに見える。
ドラムの人がカウントをとって曲が始まると尚はまるで最初からそのバンドで演奏しているかのように演奏し始めた。
遥冬は全然音楽には詳しくないけれど、聴いた事はある曲だ。
それがぴったりと合って聴こえる。
思わず遥冬は仕事の手の動きを止めて尚に見入ってしまった。
尚が楽しそうに顔が笑みを作ってギターを弾いている。
音楽が好きなのだろう、と誰が見ても分かるように。
「OK!じゃ次」
ボーカルの人が尚に親指を立てて合図をだすと尚が満足そうに笑っていた。
次々と曲を演奏していく。
一体何曲…?
それを全部覚えてるのか?
尚の指が遥冬には全然分からない動きで音を鳴らしている。
……へぇ…。
「尚くんの弾いてるとこ見たの初めて?」
ぼうっとして尚を遥冬が見ていたらオーナーに話しかけられた。
「あ、はい…すごいですね…」
「まぁ、上手いね。…ちゃんと指動かして弾いてたんだな…」
「え?」
「バンドは去年の夏前に解散しちゃってるから。尚くん、それ以降人前で演奏してないはずだけど、全然指が鈍ってないみたいだし。ちゃんと弾いてたんだ、と思って。やっぱりギター好きなんだろうなぁ…」
オーナーが嬉しそうに笑いながらスタッフルームに消えた。
遥冬は仕事しなきゃ、と思いつつもつい動きを止めて目を引かれてしまう。
尚がふっと遥冬を見たのに視線が合って一瞬驚いた。
どうよ?と言わんばかりに尚が得意そうな視線を向けてきたのに遥冬はさぁ?と肩を竦ませ頭を傾げればなんだよと言わんばかりで尚ががっかりな顔をしたのに思わずふっと笑ってしまった。
…見違えたなんて言えるはずない。
テーマ : 自作BL小説
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