「おっす」
「…はよ」
いつもの様に尚の隣に席を取りながら、昨日の尚の話が嘘だったのではないかと思って遥冬は落ち着かなくなる。
それだけ期待してしまっているという事だろうか?
くわっと欠伸しながら尚が椅子に背中をあずけて仰け反った。
「あ、遥冬、ウチOKな」
「えっ!?」
「え?ってなんだ?昨日言っただろ?28日ウチ。母親が張り切って飯作るって。遥冬見るのが楽しみだってさ」
「……楽しみ……?」
何が?と遥冬が首を捻った。
「綺麗だぞ~!美人だぞ~って言っといたから」
ぷぷっと尚が笑っている。
…え?
「誰が?」
「は?お前に決まってんだろ」
「…………?」
「…何?お前言われた事ねぇの?」
「いや…あるは、ある…けど…」
それを言うのは家では家での財産の管理と遥冬のお目付け役の水野だけだった。人から氷のように綺麗だとかそんな事も影で言われてた事はあったが、尚がそんな風に思っていたというのは初めて聞いた。
「あんだろう?当然だ。…そんでなんで誰が、なんて?」
「…人から面と向かって言われたのは初めてだったから。言われたのは身内といっていい人だったし」
「はぁ!?ないだろ。ここにいる誰でも思ってるだろうよ。ほら、前にも女が言ってただろうが!美形だって!」
「…そうだっけ?」
全然頭に残っていない。
「マジかよ?どうも疎そうだとは思ってたけど」
「疎い!?」
「ああ。だって注目されてても全然気にしねぇからな」
「…気にしてるけど?一応…」
今だって見られてるのは分かっている。
「いや、それは大分時過ぎてからだろ。入学式ん時から目立ちまくりだっただろうが。だからいらねぇサークル勧誘にも声かけられてたんだろうよ」
「……そう、なのか?」
尚が呆れたように遥冬を見ていた。
「ま、その方がいいか。いちいち気にしてたら煩わしいだけだしな」
くすくすと笑ってる尚に遥冬は視線をふっと逸らした。
綺麗だ、って思われてたんだ…。
そう尚に思われるのは悪くない感じだ。
よく言われたのは人形のようだ、と冷たい、なのに。
視線を感じて横を向くとじっと尚が遥冬を凝視していた。
「…何?」
「いや、最近いいな?お前」
「…何が?」
「表情」
満足そうに尚が言ったのに聞き返そうかとも思ったけれど先生が来たのでやめた。
表情がいい、なんて誰にも言われた事もない。
尚はいったい自分のどこがどういう風に見えているのだろう?
どうも尚は今まで会った誰とも違う事を言う。
だから気になるんだ。余計に…。
ちらと遥冬は尚に視線を向けた。
横顔は真面目に講義を聞いてノートをとっている。
かっこいい、が当てはまるんだ。
遥冬には絶対当てはまらない言葉だ。
視線を戻して遥冬は授業に集中している振りをする。
それでも身体の神経は尚に向かっていた。
手を動かすのが、頭をかくのが、シャーペン回すのが、全部視界の端で捕らえている。
これはやっぱりそうか、と遥冬は頭を抱えた。
一番初め、入学式の日、サークルの勧誘に面倒だな、と思っていたら、皆が素通りする中、馴れ馴れしく話しかけてきてそこから連れ出してくれた。馴れ馴れしいとは思ったが、関係ないと誰もが顔を背ける中、尚だけが背けなかった。
あの時も尚の姿にはっとした。
遥冬がこんな風だったら境遇も違ったのだろうか、と思う位に男として羨ましいと思う位に目を引かれたんだ。
知らない、なんて言ったのに、それでも尚は声をかけてきて、何かと一緒にいるようになって…。
遥冬の自分の態度と雰囲気とそしてきっとどこからか噂は出るだろうな、と予測していた事とで避けられてもおかしくはないのにそれをも一蹴して、遥冬自身を見てくれてるのが言葉の端端から分かった。
そう考えて、また尚の事ばかり考えている事実にはぁ、と遥冬は溜息を吐き出して軽く頭を抱えた。
ほんと何考えてるんだろう。
頭に浮かぶのは散々見せられてきた兄の痴態。
簡単にそれを自分に当てはめて想像できた。
…相手が尚で。
やはりそういう事なのだろうか…?
でもこの気持ちは出す事はない。
出してはいけないものだ。
それでも考えてしまっているのに遥冬は柳眉を曇らせた。
抑える事はできるのだろうか?
いや、抑えなければいけないだろう。
それに尚が男を相手にする事はないはず。
…いや、岳斗くんならあるのだろうか…?
ぐちゃぐちゃと考える自分に遥冬はまた溜息を吐き出した。
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