「じゃ行ってくる」
尚はギターを背負って、自分の着替えの荷物も持っていた。
今日からGW明けまで尚は遥冬のマンションで寝泊りだ。
「遥冬くんごめんなさいね~」
「いえ、全然」
本当はまずいかな、と思いながら遥冬は答えた。
昨日一日尚といて、夜には遥冬の脳裏に兄の姿がちらついた。
尚の部屋で一緒にいる尚の気配に自分を兄の姿に重ねた。
まさか自分がそんな事を思うなんて…と思ってもそれは止まらなかった。
「お邪魔しました。ご飯もご馳走様でした」
遥冬が深く頭を下げ、尚の家の玄関先で見送りに出てきた尚のお母さんに挨拶し、そして尚と一緒に後にした。
さて、どうしようか…。
遥冬はちらっと尚の顔を見て確かめた。
その尚が思いがけず遥冬を見ていて視線が合ったのにどきりとしてしまう。
「お前冷蔵庫とかあんの?」
「ある」
「なんか食いモン入ってる?」
「………ない」
だよなぁ…と尚が苦笑していた。
「一回荷物置いて買い物いかね?俺飯なし耐えられねぇし…。まだバイトまで全然時間もあるだろ」
「…いいけど」
「料理とか……遥冬が出来るわけないよな」
尚が遥冬をみながら断定的に言うのに少しばかりムッとしてしまうが本当の事なので言い返す事も出来ない。
「つうか、炊飯器とか鍋とかフライパンとか!あんのか?」
「………ある。道具は揃ってる」
「だったら少しぐらいすりゃあいいのに」
呆れたような尚の顔だけど、全然何をどうやったらいいかなんて遥冬には分からない事でしようと思っても出来ないのだから仕方ない。
「生活感うっすいもんなぁ…」
尚が遥冬をじっと見て苦笑を浮べた。
「生活感がうすい?」
「うすい。あの部屋みたって生活してるようにゃ見えない。…お前欲ってあんの?食欲はあんまなさそうだけど」
「……一応ある…だろう?」
「ま、そうだろうけど。でも一応とか、だろう、とかって!」
ぶっと尚がふき出した。
「俺なんてありまくりだけどな~~~」
「ありまくり、なんだ?」
「おう!当然だな。あ~あ…」
「?」
尚ががくっとして溜息を吐き出している。
…と思ったら遥冬の肩にがしっと腕を腕をまわしてきた。
「な、なに?」
「…お前性欲ってあんの?想像つかねぇなぁ…」
「な、なにっを…っ!」
かっと顔が赤くなったのが自分でも分かった。
「お?なんだ一応あるんだ?俺も前は誰でもいいや、位の勢いだったけど、さすがにそれはなくなったなぁ…」
「…誰でも?」
「ま、ま…そこは若気の至りで。今はちゃんと本気な相手が欲しい…かな…。でも溜まってるけどな」
なんてことを道路の往来で言っているんだ!こいつは!
耳に聞こえる尚の言葉はまるで遥冬を誘っているのだろうか?と思えてくる。
いや、違う、と遥冬は頭の中で打ち消した。
「そんなの知るか」
「…だよな…。お前、性欲も薄そう~。食欲と性欲は比例してるとか言うし」
「……じゃあそうかもね」
尚がくっと笑って遥冬の肩を離す。
本気な相手が欲しい…か。
欲しい、という位じゃ今尚にそういう相手はいないという事だ。それに前は遊んでいたらしいけど今はないという事。
「とりあえず今日は初ステージだからがんばらねぇとな」
あっというまに尚の意識はギターの方に向かってしまったらしい。
遥冬はまだぐだぐだと尚の言った事を考えているのに…。
自分がどうにも尚に振り回されている気がしてならない。
なんでも尚のいいようにされているような気がする。
…なんで部屋に泊めてもいい、なんて言ってしまったのだろう。
なんで昨日も大人しく尚の家に行ってしまったのだろう。
……でも、楽しい、と思った。
高校まで楽しいなんて思った事など一度もなかった気がする。
普通だった事も一度もなかっただろう。
昨日の一日だけを見れば普通に友達と遊んで友達の家に厄介になって。
それだけだ。
ただ、遥冬の中で尚を変な風に意識しているだけ。
尚はそんな気はさらさらないのはその態度でも分かる事だ。
さんざん遊んでた、なんて言っている位だからきっとそうなんだろう。
わざわざ男に目を向けるはずなんてない。
岳斗くんもきっとただの後輩なんだ…。
でもいつも尚の目は岳斗くんに優しい気がしてしまう。
……遊んでたのが本気の相手が欲しいって…。それは誰の事なのだろうか?
…やっぱり岳斗くん…?
遥冬は顔を俯けた。
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